あたしにとって、家での暴力は異常なことではなかった。


2、3歳から、暴力を見て、暴力を受けて育ち、


あたし自身も暴力的だった。


そして、暴力のなにがいけないのか理解できなかった。


「家の人間」が祖父の容赦のない暴力を認めていたんだから。




あたしは15歳から躁うつ病、PTSD、自律神経失調症、


摂食障害(あたしの場合、拒食症のみ。)、不眠症を患い、


23歳で子宮頸がんになり、


24歳で手術。



その3か月後に親友が自殺し、その半年後に元彼も自殺した。



数えきれないほどの自傷行為と自殺未遂を繰り返し、


ただ、死にたかった。



そして、殺したかった。


あたしを壊した人間すべてを。




なぜ、安心して眠ることすらできないのか。


毎朝、悲鳴と怒声で目を覚ますのか。



でも、それが15歳までのあたしの日常で、


「当たり前でふつう」のことだった。



毎晩、犯されるかも知れない恐怖。


妊娠しないために毎朝、トイレの中で歯を食いしばりながら、


自分のおなかを叩いた。



物心ついたときから、あたしはふつうには生きられないと


悟っていた。



だから、暴力に耐えるため、


そして、反撃するために、人体の急所やしくみ、法律の知識を勉強し、


フランスの外人部隊か、エルサルバドルで傭兵にでもなろうと本気で思っていた。



温かい家庭で育っている子の中には入れなかった。


こころさえ、開かなかった。



彼女達のきらきらした笑顔、きれいな身体が羨ましかった。



でも、もうあたしには手に入らなかった。



当時のあたしは汚れすぎていた。



闇に染まりすぎた牢獄に、自ら入ることを選んだんだ。




そのときは。