おはようございます![]()
あっという間にGW勉強最終日となりました。
本日は国立科学博物館の「超危険生物展」に行く…つもりでしたが、完全予約制のようで、チケットがとれませんでした💦
チケットが取れなかったことを子どもたちに詫び、代わりに映画に行くことに。
息子は、8:50から始まる映画「名探偵コナン ハイウェイの堕天使」をチョイス。午後からは連休最終日の勉強に移ります。
昨日の評価反省
社会・公民分野6回~9回の範囲の「塾技」実施。
理科・演習問題集やりのこしを行いました。
算数・合不合のやりなおしをしました。
国語・錬成問題読解、音読および解説を行いました。
予定通りの実施です。
そして、夕方からビュッフェを楽しみました。
旅行は来年までのお預けです。
今日の予定
社会・演習問題集解き残し
理科・演習問題集解き残し
算数・合不合直し。
国語・錬成問題集読解・よんかま・漢こと
でいきます。
伴走で見えた息子の本質
ところで、おととい電気の特訓をしていたとき、のんびりくんに電気回路一本道であれば、流れる電流は水流と同じで、どこも一緒の電流が流れる旨を伝えました。
のんびりくんは
「うん、そうだね。」
と言いましたが、一本道の電気回路の電流の量についての簡単な問題を間違えます。
2,3回間違えてやっと、その原理に本当の意味で気づくようなところがあります。
なので、
「何回も言ってるけど、伝わらない。これって腹落ちしてないってことなんだけど、電流は目に見えないから実感がわかないところに原因があるんじゃないか?電流を水流に見立てて、頭の中で想像するといいよ」
と伝えました。
想像力がいまいち足りない。ある現象をほかの現象に例えることに違和感を覚える、よく言えば几帳面な、そんな性格が逆に理解の邪魔をしているんじゃないか?と思ったりします。
昨日の国語だって、並列にならんだ、〇と▲の2つの述語をとらえる設問に対して、修飾語が多くなればなるほど、〇は捉えることができるけど、▲が捉えることができなかったりします。
これには
「一文を「がまん」して最後まで読み込むことが大切だよ。なんで読み込めないか?それはたぶん焦ってるんだろうね。
丁寧に読まないといけないと思っているけど時間がない。あせって、怖くて、目に入った言葉を、(修飾語なんだけど)述語ということにしておいてとりあえず解答しよう、みたいな風になってるんじゃないか?
電流と一緒で、一文をしっかり読み込むことが大切であることが本質的なところで理解できてないんだよ。怖いけど、がまんして一文を読まないといけないんであって、そこがのんびりの課題だね。」(
「そうかも…」)
と伝えました。
性格と学力、勉強の意義
「几帳面」だからこそ「スピードがでない」し、「弱い心」があるから「混乱に陥る」。
伴走していると、性格とテスト結果は相関関係があるものだなぁ、と、つくづく思います。ケアレスミスもこの類い?
これが、地頭の正体なのでは?とさえ思います。
ついでにいうと、息子の性質としては、本当は「丁寧」であり「慎重」でもあるとも言え、社会にでればある程度やっていけて、逆に重宝される可能性さえあります。
学歴と仕事の出来不出来に必ずしも相関関係がないのは、ここに起因するのかもしれません。
だから、その性質が残ることは構わないのかもしれないです。
とはいえ、一方で、社会から求められている能力に少しでも近づける必要があるのだから、自分と向き合い、適応していくことも必要です。
勉強に向き合うことは自分に向き合うことになる、というのはそういう文脈で語られるものなんだろうなぁ、と思ったりします。
だから、
勉強は本質的には自分の弱みを知り、カバーしていく作業なのだ!
勉強したから、発見の喜びがある。
勉強したから、世界が広がる。
勉強したから、自分の弱さを知るし、
そこに向き合う辛さも知る。
勉強したから、弱点を克服できる。
勉強したから、出来なかったことが
出来るようになる。
勉強したから、道筋をを立てることが
出来るようになる。
そういうことから、別に点数取れなくても平気!とはいきませんが、今ある勉強に向き合ってることは意味があるのだ!
と思ったりもするのです。
(やりすぎ感もありますが)
スポーツと同じですね。
だからこそ、勉強はし続けないといけないんだ!
そう思って、今日も伴走します!
一方、息子が自分自身に向き合うことのサポートをしているようで、私にも突きつけられた課題のようにも感じられます・・・
親の私も向き合わなくちゃ、です。
(これがなかなか難しい)
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今日もがんばるぞ!
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カード
(郵便屋さんが触れ回っているところがミソ)

