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本社にもたっていた、トーテムポールをかたどった凧。これもまたVANのノベルティだったんです。この凧はとても印象的で、なんともいえないデザインです。僕にとっては、当にお宝の一品でもあります。

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大抵は実際に凧揚げして破れてしまってそのままほかした。そんなんでほとんど現物は残っていないだろう。なんせ46年は経ってます。たまたま凧揚げするのを忘れて部屋のどこか押入れからか、なんだこれ~って袋に入ったまま発掘したとき見つかる程度だろうね。

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随分前にオークションで見つけまして、あまりの懐かしさで落札したのだけど、ななんと1万円以上にもなっちゃった。2万くらいしたんじゃないかな。未組立でしたからね。でもまだ安かったほうかもしれないね。今ではお宝ゆえ大変貴重です。

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一時ははグローバル・アイの凧。凧のようにあがって、5万円位高騰してた時もある。最高は7万9千円落札を見たことがある。驚いたものだ。ほとんどが VANマニアやコレクターのところにあるだろうから、今後はまず出てこないのではなかろうか。

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確かグローバル・アイ・アラスカは 1970年代~最初のキャンペーン!でした。ケープコッド1967年だからアドベンチャー1968年クールライダーやウイークエンダー・キャンペーン1969年のあとですね。1960年代後期は一番VANが活性してた頃だろうと思う。グローバル・アイ1970年キャンペーンはVANの企業としての方向性を変えたとまで言われてるほど機転のキャンペーンでした。画像のアラスカのエスキモーを映し出したポスターは記憶にある方もいらっしゃると思います。

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VAN多治見ショップ店内に貼ってあるんですけど、まさに新境地を象徴する1枚でもあります。今では大変貴重なポスターです。このあたりからダッフルコートをはじめランチコートやドンキーコートそれにカメラマンコートなど、一般的なコートなどのラインナップが揃い始めた頃なんです。

1970年頃ダッフルコートで2万ちょっとくらいだったのかな。ランチコートが、1万8千円くらい。当時のメンクラ見ると載ってる。いま物価だと4倍に匹敵します。今の8万くらいでしょうか。当時は高価だったしVANの商品は凄く高級品だったでしょうなぁ。

お金持ちの坊ちゃんしか買えなかったでしょうね。これらノベルティにしてもある意味。プレミアム品でもあった。特別のオマケでした。グローバル・アイ トーテムポールの凧です。1971年といえば、日本国内では、三島由紀夫自刀事件があった頃です。安保闘争やドルショック、当時僕は仮面ライダーにはまってた頃でもありました。VANが一番の高度成長の時でした。

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VANがデザインした、トーテムポールのモチーフはそれを所有するVANヂャケットの出自や名称の由来を説明する神話や伝承を伴っている。そのトーテムポールにはね本来、独立柱、家柱、墓柱、入口柱など。そういう意味が含まれてるそうです。前世代からの伝統的文化遺産を次の世代が引き継ぐこと。または継承されたその内容を意味する記念碑みたいなつもりだったのだろうか。旧VANヂャケットに単なるファッションではない。今となってはカルチャーにまでもなった、VANですけれど、ほんとうはそれが次の世代において機能することがなければ伝承とは言わず、一時的な流行または風俗に終わってしまう。

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伝承とはそういう意味だと僕は思います。少なくとも私自身は、旧石津VANヂャケットの影響が強いわけで石津イズムなる。VANスピリッツは永遠なり。 【A・I・D・M・A】の基本原則であります。アテーション・インタレスト・デザイア・メモリー・アクション! 今も昔もそして今後の課題です。