これまでは、
ザワザワ・モヤモヤした時に書く
Self Dialogueノートについてご紹介してきました。

 

ネガティブな側面にフォーカスするのが人間の特性であり、
わたし自身も
強く感情が動いたときにノートを書く習慣が始まりました。

 

 

でも今回は、少し違う話。

 

「うれしい」「楽しい」「ありがたい」
そんな感情を書くことについてです。

 

以前のわたしは、こう思っていました。

 

・ポジティブな感情を書く必要が感じられない
・変わり映えのない1日だった
・こんな小さなこと、書くほどじゃない

 

「うれしかったこと」や「ありがたい」と感じたことを
どこかで“取るに足らないもの”として切り捨てていました。

 

でも、その結果どうなったかというと

 

内側では
「まだ足りない」
「これじゃダメだ」

 

そんな声ばかりが強くなっていったんです。

 

本当はちゃんとあったはずの
“満たされている感覚”を無視し続けていました。

「ない」にフォーカスし続けてたから

特別困ってはいないけど
なぜか満たされない=いつも不満な現実

を生きていたんです。

 

【自分には何が快で、何が不快なのか】

 

「自分を知る」って、
結局これに尽きるんだと思います。

 

もし、判断の基準が

 

「世間では」
「常識では」

 

になっていると

自分の基準が、どんどんわからなくなる。

 

だからわたしは、
「正しそうな答え」「よさそうな雰囲気」に振り回されていました。

 

もちろん参考になることもある。
でも、

実際に自分を動かしていくのは、
わたしだけなんです。

(わたしはすぐに忘れるので、Self Dialogueノートを書いています)

 

 

ある時から

「書くに及ばない」と思っていたことも


ノートに書くようになりました。

 

たとえば

・今朝も起きることができた(生きている)
・今日もご飯を用意した(生きている)
・家族の何気ない一言で笑った(生きている)

 

大袈裟に聞こえるかもしれませんが

初めて書いた日には
わたしが生きていると言う感覚がよみがえって

静かな活力がみなぎったことを
今でもよく覚えています。

 

 

書き続けていくと


思いの外、たくさん出てくる日もあれば
なかなか出てこない日もあります。

 

朝に書く日もあれば、
夜や、時間を問わずに書く日もある。


何も書かない日もある。

 

それでいい。

どんな感情も対等だから。

 

 

「小さなうれしさ」をキャッチできるようになってから

わたしの内側では
少しずつ静かな安らぎの時間が増えていきました。

 

Self Dialogueノートは


問題を解決するためではなく

 

「自分を知るためのもの」

そして

「自分を運営するためのもの」

 

自分を運営するよろこびを、Self Dialogueノートで。