書籍情報
著者:オットー・ラスキー
訳者:加藤洋平
発行者:日本能率協会マネジメントセンター
発行年:2024年2月28日
価格:3,500円+税
ジャンル:ビジネス書/人材開発・人事・組織開発/自己啓発・リーダーシップ・管理職向け理論/測定実践書
著者のプロフィール
オットー・ラスキーは米国マサチューセッツ州グロスター在住の社会科学者であり、Interdevelopmental彼は生涯、成人発達理論、特に社会性・積極的・認知の生涯発達を探りつつ、チーム・組織開発・コーチングなどの現場支援の実践を重ねてきました。 ラスキーは複数言語での論文・考察のほか、構成的発達フレームワーク(CDF)の指導者として世界的に知られています。
本書の特徴
本書は、従来の成人発達理論を「理論」だけでなく「現場で活用する実践的測定」手法として体系化した初めての日本語専門書です。コーチや人材育成部門、組織開発・プロセスコンサルテーションなど、専門家の発達支援の現場で実践マニュアルが充実しています。
以下内容要約
序論──見えない世界の測定
オットー・ラスケは、成人期以降の心の成長が「水平的な能力獲得」とは別に「垂直的な意識構造」という次元で進むと説く。この見えにくい成長を、聞き手との対話を通じて可視化し、客観的な数値や観察記録に落とし込む手法が本書の中核だ。人の器を測るとは、まるで無数のライトがともる暗闇の中で、ひとつずつスイッチを押しながら部屋の構造を明らかにしていく作業に似ている。
ラスケが開発した測定法が実際の企業で試行されたケースが紹介されている。中間管理職20名に対する測定結果では、期待されていた水準に達していない人が約35パーセント、逆に潜在能力を十分に発揮しきれていない人が約15パーセントという数値が浮かび上がった。これは単なる数字の羅列ではない。むしろ、見えない世界の地形図を描いているようなものだ。
従来の人事評価や適性検査が「何ができるか」に注目するのに対し、ラスケの手法は「どのように世界を捉えているか」という認知の骨格に迫る。たとえば同じ課題に直面した二人の管理職がいるとする。一人は「この方法がだめなら別の方法を試してみる」と発言し、もう一人は「複数のアプローチを組み合わせつつ、状況に応じて使い分けていく必要がある」と語る。前者は問題解決の手順を重視する段階にあり、後者は複合的な視点から全体をシステムとして捉える段階に達している。
水平的な能力獲得は、新しいスキルや知識を積み重ねることで測りやすい。営業成績、資格取得数、プロジェクト経験といった具合に、履歴書に書ける要素として表れる。しかし垂直的な意識構造の変化は、そもそも意識している本人にすら気づかれにくい。自分がどの段階で物事を理解しているかを客観視するのは、鏡を使わずに自分の背中を見ようとするようなものだからだ。
ラスケの測定手法では、「本体・客体インタビュー」と呼ばれる対話技術が使われる。インタビュアーは「成功」「変化」「支配力」「限界」「苛立ち」「リスク」などのキーワードを投げかけ、相手がどのような言葉で反応するかを観察する。ここで重要なのは、質問の内容そのものではなく、答え方のパターンにある。同じ質問に対して「まず目標を明確にして、計画を立てて実行する」と答える人と、「目標設定の前提条件を疑いながら、複数の可能性を同時に検討していく」と答える人では、意識の段階が明らかに異なる。
具体的な測定プロセスでは、複数の領域にわたって対話が重ねられる。社会的・感情的発達では、他者との関係性をどう認識しているかが探られる。認知的発達では、矛盾や複雑さを扱う思考パターンが観察される。精神分析的欲求・圧力分析では、無意識の動機や葛藤の表出が記録される。これらの情報を統合することで、その人の「意識の重心」がどの位置にあるかが特定される。
日常の雑談に潜む言葉の選び方や沈黙の間合いも、重要な手がかりになる。会議で発言するタイミング、部下への指導方法、新しい提案への反応の仕方など、あらゆる場面に意識構造の痕跡が現れる。ラスケはこれを「隠れた次元」と表現するが、まさに氷山の水面下に隠れた巨大な部分を探り当てる作業といえる。
測定結果は、単に現在の位置を示すだけでなく、成長のポテンシャル領域とリスク領域も明らかにする。ポテンシャル領域とは、適切な環境と支援があれば到達可能な次の段階を指し、リスク領域は過度なストレスや不適切な環境で退行する可能性を示す。これにより、個人の成長戦略や組織での役割配置に具体的な指針が得られる。
この測定手法の真価は、従来の人材評価では捉えきれない人間の複雑さを可視化する点にある。表面的な行動や成果だけでなく、その背後にある意識のメカニズムを解き明かすことで、より適切な人材開発や組織運営が可能になる。ラスケの挑戦は、見えない世界に確かな測定技術を持ち込み、人の器という古くからの概念に科学的な根拠を与えることなのだ。
社会的・感情的発達の測定
「本体・客体インタビュー」と呼ばれる対話手法では、聞き手が意図的に問いを差し込み、相手の語りを反射鏡のように返す。ラスケは、この技法を通じて表面的な会話の向こう側にある意識構造を浮かび上がらせる。
たとえば「最近、何に挑戦していますか?」という軽い雑談から始まる対話でも、相手の反応の仕方に発達段階の痕跡が現れる。「面白くなければやめる」と答える人は、自分の感情や興味を中心に物事を判断する自己中心のステージにいると考えられる。この段階では、他者の視点や組織全体の利益はまだ十分に考慮に入らない。一方、「新技術をチームにどう活かすか考えている」と語る人は、自分の関心事と他者のニーズを同時に視野に入れる段階に達している。ここでは個人の動機と集団の目標が統合され始めている。
実際のインタビューでは、こうした発言を手がかりにさらに深い問いが続く。「その新技術について、チームメンバーはどのような反応を示していますか?」といった質問によって、相手がどの程度複雑な人間関係を把握しているかが明らかになる。段階3の思考パターンを示す人なら「Aさんは賛成で、Bさんは反対している」といった二項対立的な整理をするだろう。しかし段階4に達している人は「表向きは賛成だが、実際の作業負荷を心配している人もいれば、技術的な関心から積極的に関わりたい人もいる」といった複層的な見方を示す。
こうした対話を繰り返すことで、その人の「意識の重心」とリスク領域、ポテンシャル領域が浮かび上がる。意識の重心とは、日常的に使用する思考パターンの中心であり、ストレスがかかっても安定して機能する領域を指す。リスク領域は過度の負荷や不適切な環境によって退行する可能性のある段階であり、ポテンシャル領域は適切な支援があれば到達可能な次の発達段階を示す。
ラスケが特に重視するのは、発話の中に現れる「境界線」の変化だ。たとえば「私は部下のために頑張っている」という表現では、「私」と「部下」が明確に分離されている。しかし「チーム全体の成長が私自身の成長でもある」という発言では、自己と他者の境界が相互浸透的になり始めている。こうした境界の流動性こそが、発達段階の移行を示す重要な指標となる。
ピアジェ的な論理を超え、異なる概念を同時に扱う「弁証法思考」は、単なる議論では測れない。従来の論理学では「AはBである」か「AはBではない」かの二択だが、弁証法思考では「AはBでありながら同時にBではない」という矛盾を含んだ理解が可能になる。
ラスケは、発話の中にサルトルの「否定性」を探し、矛盾や張り詰めた緊張が生まれる瞬間を捉える。否定性とは、既存の枠組みを疑い、それを乗り越えようとする意識の動きを指す。たとえば「効率化は重要だが、人間らしさを失ってはいけない」という発言には、効率と人間性という相反する価値の間で揺れる緊張が含まれている。この緊張をどのように扱うかによって、その人の弁証法的思考の発達度が測られる。
面談中に「これは段階3の表現だろう」という仮説を立て、相手がどのようにその仮説を崩すかを見守ることで、思考の深度と柔軟性を評価する。ラスケは意図的に相手の発達段階を低く見積もった仮説を提示し、それに対する反応を観察する。段階3と判定された人が実は段階4の思考を示せば、測定者の仮説は修正される。このような「仮説-検証-修正」のプロセスを通じて、より正確な発達段階の把握が可能になる。
具体的には、対話相手が矛盾する二つの概念について語る際の表現に注目する。「管理と自由の両立」というテーマについて、段階3の思考では「適度な管理と適度な自由のバランスを取る」といった調整的な発言が多くなる。しかし段階4では「管理によって真の自由が生まれる場合もあれば、自由な環境でこそ自己管理能力が育つ場合もある」といった相互転換的な理解が現れる。段階5に達すると「管理と自由は表面的には対立するが、より深いレベルでは人間の成長という共通の基盤を持っている」といった統合的な視点が示される。
弁証法思考の測定では、思考の「動きやすさ」も重要な指標となる。固定的な概念に縛られず、状況に応じて視点を変えられるかどうかが問われる。ラスケは対話の中で意図的に異なる立場や視点を提示し、相手がどの程度柔軟に自分の考えを再構成できるかを観察する。この過程で、単に知識量や論理的整合性だけでなく、思考そのものの質的な変化を捉えることができる。
こうした測定技法は、従来の認知能力テストでは把握できない「思考の構造的変化」を可視化する。知識や技能の習得とは異なる次元で進行する意識の発達を、対話という日常的な行為を通じて科学的に測定する点に、ラスケのアプローチの独創性がある。
精神分析的欲求・圧力分析
行動の裏側にある無意識の動機や心理的圧力を測る手法は、表層の言葉や行動だけではつかみ切れない深層をあぶり出す。ラスケはエール・ミュレーの理論に立脚し、語られない欲求や葛藤――たとえば「発言が理解されない気がする」という漠然としたつぶやき―を起点に、背後にある承認欲求や自己価値への不安を掘り下げる。面談では、この一言に対し「具体的にどんな瞬間にそう感じますか」「それを仲間に伝えたことはありますか」といった問いを重ね、言語化されない感情の断片をひとつずつ拾い上げていく。
ある事例では、営業部のリーダーが「顧客対応のミスを指摘されると、自分が否定された気分になる」と漏らした。この言葉から、単なる業務上のエラー以上に「評価を失う恐怖」が根底にあると読み取り、彼が過去に経験したプロジェクト失敗の記憶や、上司からの厳しいフィードバックへのトラウマを対話の中で再現。最終的には「自分が役割を果たせなかったら組織全体に迷惑をかける」という自己犠牲的な動機構造が浮かび上がり、個別の支援プランとして「失敗体験を語るワークショップ参加」「フィードバックを受ける際の安全策づくり」につながった。
しかし、心の構造を測る行為は強力であると同時に危険をはらむ。中土井看が指摘している通り、測定結果を昇進や人事配置の判断基準に直結させれば、暗にバイアスが働き差別を助長しかねない。支援者自らが無意識の先入観を持ち込まないよう定期的な相互監査を行い、同じ対象者に複数の測定者をあてることで評価の信頼性を高める工夫が欠かせない。
組織開発の現場で行われた中間管理職20名の測定ケースでは、期待される発達段階に達していない人が35%、逆に指導や成長機会が不足しているために潜在力を十分に発揮できていない人が15%いた。たとえば、ある管理職は「部下の意見を聞く場を設けても、結局自分が決めてしまう」と告白。そこで「主体的傾聴」トレーニングと、部下に小規模な意思決定権を委譲するシミュレーション演習を導入したところ、彼のチームは半年後に自律的にプロジェクトを進めるようになり、部下の満足度が飛躍的に向上したという結果が得られた。
こうした質的データと行動変容の追跡は、個々人のユニークな動機構造を示すだけでなく、業務再配置や支援プログラム設計に具体的な示唆を与える。組織は数値だけで人を判断せず、深層にある心理的風景を丁寧に描き出すことで、初めて一人ひとりの成長ポテンシャルを最大化できるのだ。
統合的な人間理解への道
ラスケの最終目標は、社会的・感情的・認知的測定に「霊性(スピリチュアリティ)」を加えた四領域を統合し、人間理解の新たな地平を切り拓くことだ。たとえるなら、地図の上で東西南北だけでなく高度も示す3Dモデルに、時間軸という第四の次元を追加するような試みである。この統合アプローチは、人材育成者や組織コンサルタントだけでなく、自らの成長を探求するすべての読者に新たな視点を提供する。
