書籍情報

著者:ヘザー・プリングル
訳者:鈴木主税、東郷えりか
出版社:早川書房
発行年:2002年5月
価格:¥2,415
ジャンル:サイエンス・ノンフィクション、歴史・考古学・人類学

 

本書の特徴


世界のミイラ研究の最前線を描く
エジプトだけでなく、南米、ヨーロッパ、モンゴル、日本の即身仏など、世界各地のミイラとその背景を紹介。


研究者たちの個性と情熱
ミイラを研究する多彩な研究者たちのエピソードや苦労話、情熱が織り込まれている。


読みやすいノンフィクション
学者ではなく歴史ライターが書いているため、専門知識がなくても理解しやすい。


多様なミイラ文化と死生観
ミイラの作り方や保存技術、それぞれの文化による死生観の違いも解説。


写真やエピソードが豊富
巻頭に多数のミイラ写真があり、各章ごとに興味深いエピソードが盛り込まれている。

以下内容抜粋

 

はじめに

ミイラは、古代から現代まで人類の想像力を刺激し続けてきた不思議な存在です。単なる古代の遺物ではなく、現代科学の最前線でCTスキャンやDNA解析などの技術を駆使して研究され、人間の本質や死生観について深い洞察を与えてくれます。

 

ミイラは、まるで「時を超えたタイムカプセル」のようなものです。古代の人々が現代に残したメッセージを、私たちは科学の力で解読しようとしています。ミイラの魅力は、その歴史的価値だけでなく、現代人にも通じる「永遠への憧れ」や「死への恐れ」といった普遍的な感情に根ざしているのです。

 

人間の普遍的な死生観への洞察

ミイラが魅力的である根本的な理由は、人間の永遠への憧れと死への恐れという普遍的な感情を体現していることにあります。古代エジプト人は永遠の命と神を真摯に信じ、死者を葬った際にミイラに命の復活を託しました。その古代文明には、現代人にも通じるエターナルなロマンが感じられます。

 

現代日本においても、多くの人が「あの世」を信じ、来世を信じることで死への恐れを乗り越えようとする考え方は、古代エジプト人と本質的に変わりません。人間は、死を恐れ、同時に死を超えた何かを信じたいという矛盾した気持ちを持っているのかもしれません。ミイラは、そんな人間の本質的な問いに答えてくれる存在です。

科学技術による新たな発見

最新の科学技術により、ミイラ研究は飛躍的な進歩を遂げています。CTスキャンやX線解析、DNA分析などの手法により、外からは見えない内部構造や遺伝情報、当時の生活様式まで明らかになっています。特に注目すべきは、これまで王族や貴族中心だったミイラ研究に「庶民」の分野が生まれたことです。

 

古代エジプト王朝時代の一般庶民については、これまで「厳しい搾取生活で短命だった」というのがスタンダードな認識でしたが、ミイラを調べるとそうでもないことが分かってきました。ミイラは、王様だけでなく、普通の人々の生活や健康状態も教えてくれる、まさに「古代の健康診断書」のようなものです。

ミイラ会議:研究者たちの交流と最前線の研究

ミイラ研究に携わる研究者たちは、それぞれが独特な情熱と専門性を持っています。ヘザー・プリングルの著書「ミイラはなぜ魅力的か」では、「ミイラ会議」に集う個性的な研究者たちが紹介されており、彼らの洞察と科学の力が数千年の時を超えるミステリを解き明かしています。

 

現代のミイラ研究では、CTスキャンによる3D画像解析とVR技術が活用されています。帝京大学の杉本真樹教授は、エジプト国立文明博物館でミイラCT画像解析と最先端医療技術開発の研究成果を発表し、医用画像解析とVR技術を考古学分野と博物館展示に活用する提案を行いました。

 

また、XRD(X線回折)による分析も行われており,ミイラに使用された材料の詳細な成分分析が可能になっています。これにより、以前のX線フィルムでは低コントラストでしか観察できなかった細部についての洞察が得られるようになりました。

 

ミイラのゲノム解析により、古代の人々の遺伝的特徴や人口動態まで明らかになっています。チュービンゲン大学の研究では、エジプトのミイラ90体のミトコンドリアDNAの全配列が解読され、プトレマイオス以前、以後、ローマ時代とほぼ1300年にわたって一つの民族が維持されていたことが分かりました。研究の結果、当時の人口が最初48000人程度の集団が1300年の間に31万人に増加することも明らかになり、プトレマイオス朝時代の歴史記録とも合致しています。

ミイラ研究の現代的意義

現在、ミイラは万能薬としてではなく、過去に生きていた人たちの姿かたち、生活ぶり、遺伝情報など、さまざまな貴重な情報を教えてくれる学術研究対象として取り扱われています。ミイラの研究により、結核やマラリアに罹患した痕跡、様々な病の起源や変異株も発見されており、現代医学への貢献も大きいです。

 

世界各地のミイラの毛髪についたアタマシラミのDNA型を比べる手法で、人類の移動史も研究されています。ミイラ研究を通じて、ミイラに関わる人々と最新科学によって明らかになったミイラの実像、文化的・学術的な価値を知ることで、人類がもつ多様な死生観と身体観を考えるきっかけになります。

 

古代エジプト人の死生観を学ぶことで、現代人に欠けている死の普遍性や死後の世界の悠久性を学ぶことができ、人類が死を恐れるあまり医学を駆使しても、古代エジプト人のミイラ思想に裏打ちされた永久性には決しておよばないことが理解できます。

 

要点

  • ミイラは、人間の永遠への憧れと死への恐れという普遍的な感情を体現し、現代人にも通じる本質的な問いを投げかける存在である。

  • 最新の科学技術によって、ミイラは単なる遺物から、古代人の生活や健康、遺伝情報まで教えてくれる貴重な学術資料へと進化している。

  • ミイラ研究は、過去を知り現在を理解し、未来への示唆を得るための重要な学問分野であり、今後もその意義は大きくなる。

 

ミイラから発見される寄生虫の世界

古代のミイラは、単なる考古学的発見物を超えて、過去の人間社会における疾病と生活環境を物語る貴重な証拠となっています。最新の研究により、エジプトのミイラの約65%が寄生虫に感染していたことが明らかになり、古代文明の隠された側面が浮き彫りになっています。

古代エジプトの寄生虫パンデミック

ケンブリッジ大学の生物人類学者ピアーズ・ミッチェル博士による画期的な研究では,紀元前2000年にまでさかのぼる31体のミイラを調査し,驚くべき発見がもたらされました。調査されたミイラの約65%に住血吸虫症の痕跡が見られ,約40%がアタマジラミに,そして約22%がマラリアに感染していた痕跡が確認されました。

 

特に注目すべきは,王家の谷で発見された16体のミイラのうち4体がマラリア原虫に感染しており,その中にはツタンカーメンも含まれ,異なる2種類の株に感染していたことが判明した点です。マラリア検査を受けた221体のミイラのうち49体が陽性であり,寄生されていたミイラの92%に貧血の兆候が見られていました。

 

研究により,ナイル川の流れが熱帯性の水生寄生虫を広域に運ぶという珍しい環境を作り出していたことが明らかになりました。「降雨量の少ない乾燥地域にもかかわらず,ナイル川によって熱帯の水生寄生虫が広域に運ばれるという,珍しい環境でした」とミッチェル博士は述べています。

 

マラリアの蔓延を引き起こしたのは,ナイル川水域で繁殖した蚊の存在であり,また,サンドフライという水辺や茂みに生息する小型のハエによって内臓リーシュマニア症が広がったという結果も導かれています。調査されたミイラの約10%が内臓リーシュマニア症を患っていたことも発見されています。

 

最新技術がもたらす新たな発見

2022年には,1586年に亡くなったイタリア人貴族のミイラから,400年前の大腸菌の遺伝情報を復元することに成功しました。この研究により,大腸菌の進化の過程の解明につながることが期待されています。

 

ドイツのルートビヒ・マクシミリアン大学の研究チームは,18世紀の聖職者のミイラから,これまで科学文献で報告されたことがない防腐処理法を発見しました。このミイラの腹部と骨盤腔には,モミやトウヒの木片,リネン,麻,亜麻布などが詰め込まれており,塩化亜鉛などの痕跡も検出されました。

 

研究の危険性と課題

ミイラ研究には予期せぬ危険も伴います。1970年にポーランドでカジミェシュ4世の墓が公開された際,その場にいた12人の科学者のうち10人が数週間以内に死亡したという事例があり,これは恐らく菌によるものとされています。

 

現在でも,メキシコのグアナファト州のミイラの一部には真菌が繁殖している可能性があり,バイオハザードから市民を守るための安全措置がないまま,ミイラの展示が続けられていることは一層の憂慮が必要だと警告されています。

 

最新の研究では,ミイラの保存状態を匂いから判斷する方法も探られています。スロベニアとイギリスの研究者たちが,カイロのエジプト博物館に保管された9体のミイラを調査したところ,多くは「木の香り」「スパイシー」「甘い」「お香のような香り」など,心地よいものと評価されました。

 

人間の本質を明かすミイラ研究

中国北西部のタリム盆地で発見された4000年以上前のミイラのDNA分析により,従来の予想と異なる起源が明らかになりました。これらのミイラは別の地域からやってきた人々ではなく,元来現地に暮らしていた集団で,氷河時代のアジアに住んでいた人間の子孫だとみられることが判明しました。

 

また,エジプトのミイラのゲノム解析により,古代エジプト人が新石器時代,レバントに住んでいた民族の子孫であり,ローマ支配が終わった頃から,アフリカ人の遺伝子が流入することで現代のエジプト人が形成されたことが明らかになりました。

 

リビアで発見された7000年前のミイラ2体のDNA分析により,「緑のサハラ」に住んでいたこれまで知られていなかった人類の血統が明らかになりました。この発見は,サハラ以南のアフリカと北アフリカを結ぶ移動経路ではなく,両地域間で文化交流が実際に行われていたことを示唆しています。

 

要点

  • 古代ミイラは寄生虫や微生物の痕跡を通じて、過去の疾病や生活環境を現代に伝える「タイムカプセル」であり、人類の歴史を多角的に解明する手がかりとなっている。

  • ナイル川などの自然環境が寄生虫や感染症の蔓延を助長し、古代社会の健康や生産性に大きな影響を与えていたことが明らかになっている。

  • CTスキャンやDNA解析などの最新技術や、各国のユニークな研究事例を通じて、ミイラは単なる遺物ではなく「かつて生きていた人間」としての尊厳と、現代科学の可能性を体現している。

 

麻薬王 ミイラと薬、伝統医療、古代の薬用ミイラの利用について。

古代から中世への薬用ミイラの変遷

ミイラが薬として珍重された背景には、文化的な誤解や、薬効への期待があった。もともと「ムンミヤ」はアラビア語で瀝青(ビチューメン)を指す言葉だったが、ヨーロッパ人はエジプトのミイラを見て、これが薬効のある物質だと勘違いした。十字軍の時代、ヨーロッパ人はアラビアの医師たちが使う「ムンミヤ」に驚き、自分たちもミイラを薬として利用するようになった。

ヨーロッパでのミイラ取引

15世紀以降、ヨーロッパではミイラの薬用需要が高まり、エジプトから大量に輸入されるようになった。本物のミイラだけでなく、偽物まで出回るほど盛況だった。商人たちは最近死んだ人間をエジプト風に加工し、古代ミイラに見せかけることもあった。スペイン人僧ルイス・デ・ウレタは1610年の著作で、その手口を詳しく記している。

科学的な薬効成分

ミイラの防腐剤にはプロポリスが含まれていたことが現代の研究で判明している。プロポリスは「天然の抗生物質」と呼ばれ、抗菌や滋養強壮の効果がある。古代ローマでもプロポリスは薬として用いられており、ミイラの薬効の秘密はここにあったのかもしれない。

 

要点

  • 歴史的ロマンと永遠への憧れ:ミイラは古代から現代まで、人間の死生観や永遠への想いを象徴する存在。
  • 科学的好奇心の対象:CTやDNA解析など最新技術により、ミイラからは歴史や人類のルーツが読み解ける。
  • 倫理と文化の交差点:ミイラは研究対象であると同時に、かつて誰かの大切な人だったという視点が重要。

 

クライム・ストーリー

「エジプト最古の職業は墓泥棒」というジョークがあるほど、ミイラの盗掘は古代から続いている。考古学者ハワード・カーターは,古代エジプト人が墓に宝を入れたことが、かえって略奪を招いたと指摘している。第18王朝の初期には、略奪されていない王墓はほとんどなかったという。

中世ヨーロッパでの「薬用ミイラ」取引

中世から近世にかけて、ミイラは「万能薬」として信じられ、エジプトからヨーロッパへ大量に輸出された。商人たちは偽物のミイラまで作り、ひと儲けを狙った。スペイン人僧ルイス・デ・ウレタは、捕らえた人間を飢えさせ、特別な薬を与えて首を切り落とし、ミイラを作る恐ろしい過程を記録している。まるで、現代のサプリメント詐欺の原点のようだ。

現代の組織の密輸犯罪

現代でも、ミイラをめぐる犯罪は続いている。ペルーのナスカでは、洞窟から200を超える遺物が盗まれ、複数のミイラがフランス、スペイン、ロシアに密輸された。新型コロナウイルスの流行以降は、文化品の闇取引が世界中で増加し、匿名性の高いオンライン取引が悪用されている。

法的対応と課題

各国は対策を強化しているが、課題は多い。エジプトでは密輸の罰則が強化され、罰金や禁錮刑が科されるようになった。ペルーでは国境検問所が多く、流出した文化品の回収は困難だ。一度流出した盗難文化品の正当性を主張するのも難しい。

偽造ミイラ問題:メキシコ議会の事例

2023年9月、メキシコ議会で「宇宙人のミイラ」とされる物体が公開され、世界中が騒然となった。メキシコ国立自治大学の炭素年代測定で「約1000年前」のものと判明したが、人間ではないとする主張からは距離を置いている。結局、ペルーのナスカから持ち出された「ミイラ」だったことが分かった。宇宙人説を信じたがるのは、人間の本質かもしれない。

見世物から科学研究への転換

18世紀から19世紀にかけて,ミイラは娯楽イベントの対象だった。英国人外科医トーマス・ペティグリューは「マミー・ペティグリュー」とあだ名されるほど人気を集めた。彼がミイラの骨に大きな腫瘍を発見したことで、ミイラが実際の人間の記録であることに気付き、科学分析の領域へと移行した。

現代における課題

現代でも、ミイラの取り扱いには倫理的な課題が残る。たとえば、1900年のファラオ・ジェルの墓発掘では、腕輪を着けた腕のミイラが発見されると、腕輪だけ保存され、腕の方はゴミと一緒に捨てられた。現代の学者が聞けば卒倒しそうな話だ。

 

要点

  • ミイラは、死後の世界や永遠の命への憧れ、科学的好奇心、人間の本質への探求心を刺激する存在。

  • その魅力の裏には、盗掘、密輸、偽造といった長い犯罪の歴史が横たわっている。

  • 現代のミイラ研究は、倫理的配慮を重視しつつ、人類の歴史と文化を理解するための重要な学問分野へと発展している。

 

西方からの侵略者

ヨーロッパ人が本格的にミイラを収集し始めたのは、ナポレオンのエジプト遠征がきっかけだ。ナポレオンは学者たちも連れて行き、ロゼッタ・ストーンも発見された。その後、戦利品としてロゼッタ・ストーンはイギリスに渡り、今も大英博物館の目玉展示になっている。まるで、遠征が学術略奪の始まりだったかのようだ。

19世紀の植民地支配とミイラ商業化

19世紀になると、イギリスはエジプトを事実上の保護国にし、ミイラも商品としてヨーロッパや日本に運ばれた。江戸時代の日本でも、ミイラは高級薬として珍重されたというから,ミイラの意外な活用方法には驚かされる。現代なら、こんな使い方は絶対にNGだ。

大英博物館とミイラコレクション

大英博物館のミイラ展示は、世界中から集められたコレクションだ。その多くが略奪品ということで、今も論争の的になっている。ミイラが観光客の人気を集める一方で、元の国に返還すべきだという声も強い。まるで、ミイラが国際政治の主役になったかのようだ。

オリエンタリズムとミイラ表象

ヨーロッパ人は、オリエントを「神秘的で未開な地」と見なし、ミイラもその象徴として扱った。不死の怪物としてのミイラ(マミー)は、19世紀の植民地支配とともに広まったイメージだ。映画や小説でも、ミイラは悪役や呪いの存在として描かれることが多い。まるで、ミイラがヨーロッパ人の妄想の具現化になったかのようだ。

現代における返還問題と倫理的議論

最近は、欧米の博物館で、略奪された文化財やミイラを元の国に返還する動きが広がっている。スイスはボリビアにミイラを返還し、「倫理的な返還」と位置づけた。大英博物館も、ガーナから略奪された品を一時的に貸し出すなどしているが、完全な返還には至っていない。法律の壁もあるようだ。

ミイラ展示の倫理的ジレンマ

ミイラを展示することは、科学や教育に役立つのか、それとも人権侵害や人種差別にあたるのか、今も議論が続いている。ミイラから多くの情報を得られる一方で,本人の承諾がないまま研究や展示が行われている現実もある。まるで、ミイラが現代社会の倫理観を問う存在になったかのようだ。

 

要点

  • ミイラは、古代人の死生観や科学技術の発展とともに、現代でも魅力的な存在であり続けている。

  • ヨーロッパによるミイラ収集は、植民地主義やオリエンタリズムと深く結びつき、現代の返還問題や倫理的議論を生んでいる。

  • ミイラ研究は、過去の人々の生活や病気、文化を明らかにしながら、人間の本質を問い直すきっかけにもなっている。

 

人種・階級・偏見の視点から見る研究の本質

18世紀後半、ドイツの医学者が皮膚の色や頭の骨で人間を分類した。ヨーロッパ人が「最も美しい」とされ、他の人種は「退化したもの」とされた。こうした分類は、現代の科学から見れば根拠が薄いが、当時は真面目に信じられていた。ミイラ研究も、こうした偏見に影響を受けてきた。

現代科学による人種概念の否定

現代の科学では、人類はアフリカで誕生し、世界中に広がったと考えられている。人種という概念は、生物学的にはほとんど意味がない。ミイラ研究も、こうした科学的視点を取り入れることで、偏見を乗り越えようとしている。

階級による保存状態の格差

古代エジプトでは、王族やファラオは豪華なミイラに、庶民は簡素なミイラになった。しかし、動脈硬化など病気の有無には階級による差がなかった。階級が高いからといって、必ずしも健康だったわけではない。

研究体制の不平等

ペルーなどでは、エジプトに比べて発掘や研究の支援が少なく、重要な発見も謎のまま放置されることが多い。アメリカのプエブロインディアンのミイラも、社会的不平等が少ない社会だったのに動脈硬化が見つかっている。病気と階級の関係は、意外と複雑だ。

植民地主義的視点の問題

ミイラ研究は長い間、欧米の研究者主導で行われてきた。エジプトがイギリスの保護国だった歴史もあり、現地の文化を軽視した研究が問題視されてきた。ミイラは「発見物」ではなく、かつて生きていた人間であることを忘れてはいけない。

 

要点

  • ミイラの魅力は、死への憧れと永遠への願望、そして人間への科学的関心に根ざしている。

  • ミイラ研究には人種・階級・偏見の問題がつきまとい、現代でも倫理的課題が多い。

  • 科学的視点と文化的多様性を尊重することで、ミイラ研究は人間の本質に迫る学問として進化している。

 

インコラプティブル―不朽の聖人

インコラプティブル、つまり不朽体と呼ばれる聖人の遺体は、宗教と奇跡が交錯する不思議な世界の入り口だ。

 

死後も腐敗せず、生前のままの姿で残る現象は、キリスト教世界では神の恩寵や奇跡の証とされる。フランシスコ・ザビエルの例のように、死後数十年たっても遺体が腐敗せず、切断した際に鮮血が噴き出したといった伝説も残る。イタリアの聖ツィータ、聖セシリアなど、無数のインコラプティブルがヨーロッパ各地に存在し、今も巡礼者や信者の信仰の対象となっている。このような遺体は、まるで神様が「この人は特別ですよ」と認定するための謎のクイズに答えているかのようだ。

 

ヨーロッパの中世では、肉体はしばしば卑しいもの、罪深いものとして見下されていた。しかし、敬虔なカトリック信者にとって聖人の遺体は、神の奇跡と聖性の証として特別な意味を持つ。聖人の遺骸は「聖遺物」として崇敬され、病気の治癒や奇跡の源と信じられてきた。聖遺物信仰は中世ヨーロッパ社会の中心に位置し、教会や権力者は聖人の遺体やゆかりの品を収集し、聖堂の権威や地域の繁栄の象徴とした。まるで、聖遺物を集めることが「神様からのご褒美ポイント」だったかのような時代だ。

 

聖ツィータや聖セシリアなど、無数のインコラプティブルは、死後数百年たっても腐敗せず、肌や目が生前のまま残っている例も多い。これらは科学的には自然乾燥や特別な環境による保存状態の良さが指摘されることもあるが、信徒にとっては神の奇跡そのもの。インコラプティブルは、宗教的な信仰と科学的探究の交点にあり、人間の精神性と物質性の両面を照らし出す存在といえる。研究者たちは、この不思議な現象を「神様のいたずらかな?」と首をかしげつつも、真剣に調べ続けている。

 

ミイラや不朽体の魅力は、単に「死体が腐らない」という物理的な現象を超えている。そこには、人間が死や永遠、そして魂の行方に抱き続けてきた根源的な問いが込められている。最前線の研究者たちは、ミイラやインコラプティブルの研究を通じて、人間の本質——死生観や信仰、そして永遠への希求——を読み解こうとしている。ミイラは、過去と現在をつなぐ不思議な架け橋であり、人間の本質を映し出す鏡でもある。

 

ミイラ研究は、まるで古代人が残した「謎解きパズル」を解くようなものだ。研究者たちは、CTスキャンやDNA解析などの最新技術を駆使して、ミイラから新たな知見を得ている。例えば、古代エジプトのミイラからは、その人がどんな病気にかかっていたのか、どんな生活を送っていたのか、さらにはどんな夢や希望を持っていたのかまで推測できる。ミイラは、古代人の「生きた証」であり、未来の私たちに向けたメッセージでもある。

 

一方で、日本のミイラ文化もまた興味深い。即身仏と呼ばれる宗教的なミイラは、仏になるために厳しい修行を経て、最終的には断食して入定する。遺体は3年間土中で燻製され、仏像のように崇拝される。今も日本全国に現存する即身仏は、究極の自己犠牲と信仰の証だ。ミイラが仏様になるなんて、なんだか不思議な話だが、これもまた人間の本質に迫る一つの答えだろう。

 

要点

  • ミイラは過去の人の姿や生活、遺伝情報を教えてくれる学術的な宝箱であり、研究者は古代人と対話するようにその情報を読み解いている。

  • 世界各地にミイラ文化が存在し、特にインコラプティブルは宗教と奇跡が交錯する特別な存在で、信仰の対象となっている。

 

政治権力と遺体保存の歴史

社会主義国における指導者の遺体保存

社会主義の国々では、指導者の遺体を「死んでも生きている」かのごとく保存するのが流行りだった。始まりはソ連のレーニン。彼の遺体は、まるで生きているかのように保存され、今も赤の広場で眠っている。年間2000万円以上かけて、科学者たちが必死にメンテナンスしているのだから、その情熱は並大抵ではない。スターリンも一時はレーニンの隣に並んでいたが、やがて廟から撤去され、クレムリンの壁のそばに埋葬された。まるで権力の栄枯盛衰を体現しているかのようだ。

東アジアの指導者たち

毛沢東の遺体は、北京の天安門広場にある記念堂で水晶の棺に納められている。水晶の棺は、中の遺体を冷やして腐敗を防ぐ役割もあるらしい。北朝鮮では、金日成と金正日の遺体が「生前の姿」でガラスケースに安置されている。まるでディズニーのアトラクションのようだが、そこには権力の神格化という、まじめな意図がある。

権力の象徴としての利用

エンバーミングは、もともとは宗教的な意味合いが強かったが、今では「政治的な意図」で行われることも多い。指導者の遺体を「展示物」として飾り、権威を保とうとするのだ。まるで「死んでも権力は続く」と主張しているかのようだ。

サクリファイス儀礼としての機能

レーニンの遺体保存は、一種のサクリファイス儀礼とも言える。権力の正統性を、誰の目にも見える形で示すための「生きた死体」なのだ。悲劇的な犠牲を礎にして、権力が正統化される。そのサクリファイスは、ずっと記念され続けなければならない。

古代王権との共通性

古代から王は「人格化した国家」だった。死者と、その眠る空間は、政治的な欲望が最も露骨に表れる場所でもある。死は人間の最も深い情念を刺激するため、必然的に政治の中心に立たざるを得なかった。

現代における遺体の政治利用

現代でも、遺体の政治利用は続いている。国葬や記念館の建設は、本人や遺族の意思とは無関係に、政治的な目的で行われることがある。死者の尊厳や遺族の思いを尊重することは、今も重要な課題だ。

 

要点

  • 権力者の遺体保存は、権力の正統性を示す政治的装置として機能してきた。

  • 遺体の政治利用には、死者の尊厳と遺族の意思を尊重する慎重な姿勢が必要。

 

子供たち

古代エジプトといえばピラミッドやファラオばかりが目立ちがちだけど、実は子どものミイラは時代が進んでから登場する。昔は「子どもが亡くなっても仕方ない」という風潮もあったが、やがて「ちゃんと見守ってあげるべき存在」という意識が芽生えてくる。まるで、今の子育て論議みたい。歴史は繰り返す、というか、やっぱり親心は変わらないのかもしれない。

 

子どものミイラは、亡くなった子を思う親の悲しみと愛情の結晶。現代でも、子どもの亡骸を前にすれば、親はなんとかして形に残したいと思う。古代の人だって、きっと同じだった。ミイラに残されたおもちゃや装飾品からは、子どもへの希望や期待、そして「大切にしていたよ」というメッセージが伝わってくる。時代は違えど、親の気持ちは変わらない。

 

南アメリカで見つかる子どものミイラは、神への祈りのためだった。食料難でみんなが苦しむ時代、選ばれた子どもたちは、ご馳走やおもちゃと一緒に丁寧に埋葬された。親や一族は、きっと「未来を捧げる」気持ちで、子どもを送り出したのだろう。現代から見ればショッキングだけど、そこには深い愛情と祈りが込められていた。

 

イタリアのシチリア島では、修道院の地下に子どものミイラがたくさん眠っている。科学者たちは、子どもたちの生活や健康、成長について調べている。まるで、現代の小児科医がカルテを読むように、ミイラから子どもたちの物語を読み解いている。ちょっとシュールだけど、どこか優しい気持ちになる。

 

家族の絆を物語る現代の事例

野生チンパンジーも、死んだ子どもの体を何日も持ち歩くことがある。母親は子どもの毛づくろいをしたり、ハエを追い払ったりする。人間だけじゃない、動物だって親子の絆は強い。もしかしたら、ミイラを作る気持ちも、この原始的愛情から来ているのかもしれない。

 

イタリアの古城では、母親が息子の死を受け入れられず、医者に防腐処理を依頼した話もある。約170年たった今でも、その子は美しい姿で眠っている。母親の愛情は、時を超えて伝わってくる。ミイラは、家族の物語を静かに語り続ける。

日本のミイラ文化と家族への想い

日本にも即身仏という独特のミイラ文化がある。飢饉や疫病から人々を救うため、僧侶が厳しい修行を乗り越えてミイラになる。地域の信仰と深く結びつき、今も大切にされている。家族のため、地域のため、命を捧げる気持ちは、時代を超えて変わらない。

江戸時代の本草学者は、自分の研究成果を確かめるために、自分の遺体を保存する方法を考えた。死ぬ直前に柿の種をたくさん食べて、独特の赤茶けたミイラになったという。学問への探究心が、こんな形で残るとは。研究者魂は、今も昔も変わらない。

 

要点

  • ミイラは、単なる遺物ではなく、人間の愛情や家族の絆を物語る証拠

 

自己保存

人間はなぜミイラに惹かれるのか。それは、自分を残したい、永遠に生きたいという願いが、ミイラという形に集約されているからだろう。古代エジプトでは、肉体だけでなく名前や影、魂、生命力までが来世に必要とされていた。ミイラ作りは、死後の世界への準備そのものだった。現代でも、ミイラを研究する科学者や、自らミイラになることを目指した人物がいる。誰しもが心のどこかで「自分を残したい」と感じているのかもしれない。ミイラは、そんな人間の自己保存への執着を顕著に映し出す鏡でもある。

 

ミイラの研究は、人間の「死後も残りたい」という願望の裏返しだ。科学者たちは、ミイラの保存状態や加工技術に目を奪われ、そこに人間の技術と精神の歴史を読み取る。ミイラは、ただの遺体ではない。未来へ向けたメッセージだ。

ミイラ研究者自身や、自らミイラになることを目指した人物

ミイラ研究者たちは、しばしば「ミイラとりがミイラになる」という言葉に魅せられてこの道に進む。たとえば、日本の江戸時代には、自らの死を利用してミイラ化実験をした本草学者がいた。彼は、死の直前に柿の種子を大量に摂取し、その防腐作用で見事にミイラ化に成功した。柿渋の効能に目をつけた先見の明と、学問への情熱が、彼をして「後世に機会があれば掘り起こして見よ」と言わせた。まさに「ミイラとりがミイラになる」の典型例だ。ミイラ研究者は、ミイラの謎を解明するうちに、自分もミイラになってしまう。そんなユーモラスな展開が、現実の歴史の中にも存在する。

 

即身仏もまた、自己保存の究極の形だ。五穀や十穀を断ち、漆を飲み、水と塩だけの断食を続け、土中深く埋められた座棺で入定する。鉄門海上人のように、倦怠感やうつ状態、精神の衰えを乗り越え、死ぬ準備をする。それは、自分を残すことへの執念であり、同時に他者への献身でもある。極限まで自己鍛錬を重ねた結果、ミイラになる。まるで、究極の自己啓発本の結末のようだ。

あなたは「ミイラ」になりたいですか

コルドバ博物館のサンミゲル・デ・アサパで行われたアンケートでは、31%の人が「ミイラになりたい」と回答した。これは、現代でも多くの人が永遠の命や自己保存に憧れている証拠だろう。実際、1961年に森本岩太郎が北陸地方で6体の即身仏を発見したことも、この願望の現れと言える。

 

美容整形外科医が、まさか自分がミイラ作り協力しているとは思わないだろう。彼らの若さを保存しようとする技術は、つまるところミイラを作成した古代の人々の思想と発想は同じである。

 

エクササイズとミイラ化の類似点

エクササイズや運動も、自己保存の一形態だ。鍛錬は解放されること、つまり自分を高め、より良い状態に保つための努力。ミイラ化もまた、究極の自己鍛錬と言えるかもしれない。どちらも、自分の存在をより長く、より美しく残したいという欲求が根底にある。

 

ジムで汗を流すのも、ミイラ化を目指して断食するのも、根っこは同じだ。どちらも「自分を残したい」という欲望の現れだ。ただ、一つだけ違うのは、運動は生きているうちに効果が出るが、ミイラ化は死んでからが本番だということ。まさに、究極の未来志向である。

現代の健康への思考と太古の人々の共通点

現代の健康志向や若さへのこだわりは、実は太古の人々がミイラを保存した思考と変わらない。ネットフリックスの「DON’T DIE」のような作品も、不朽性や冷凍保存への憧れをテーマにしている。人間は昔から、死後も自分を残したい、永遠に生きたいと願ってきた。健康管理もアンチエイジングも、すべては「自分を残したい」という欲望の現れだ。

 

太古の人々がミイラを作ったのは、死後も自分が存在し続けることを願ってのこと。現代人がサプリメントを飲み、運動し、美容整形に励むのも、実は同じ理由だ。ただ、時代が違うだけで、人間の本質は変わらない。

要点

  • ミイラは、人間の根源的な自己保存や永遠の命への憧れを具現化した存在だ。

  • ミイラ研究者や自らミイラを目指す人々は、その願望を科学や修行、実験を通じて追求している。

  • 現代の健康志向や若さへのこだわりも、ミイラ保存の考え方と共通する本質的な人間の欲求だ。

 

まとめ

本書は、世界各地のミイラとそれにまつわる研究者たちの情熱を軸に、人間の本質や死生観、そして文化の多様性を浮き彫りにするノンフィクションです。専門家だけでなく一般の読者にも分かりやすく、ミイラにまつわるトリビアやエピソードが豊富に盛り込まれており、ミイラの魅力と研究の最前線を体感できる内容となっています。また、日本の即身仏にも触れている点が特徴的で、「ミイラとりがミイラになる」という言葉が思わず身近に感じられるかもしれません。

 

ミイラという存在は、単なる過去の遺物ではなく、「死と生」「保存と記憶」といった普遍的なテーマを現代に問いかける存在です。本書を読むと、ミイラが単なる研究対象を超えて、人類が抱える根源的な問いを考えるきっかけを与えてくれることに気づきます。