書き出すのがいい、と聞いてるけれど。。。書いてねえーー!

いえ、もっと、自分の心に向き合って、例えばいちばん深そうな、意味ありげな、母への気持ちとかをどんどん書き出してみたらいいんだけど、なんか面倒くさいのか、普段忘れてしまってる。


やってみて、効果があったらやるんだろうなあ。でもやってみてなかったら、効果あるかどうかも分からんわなあ。


今日は、母の82歳の誕生日だった。仕事休みなんだし、夫もいなかったし、行ってあげれば。。電話だけでも。。と思ったけど、やはり腰が上がらなくて。


あの、汚家(おうち)に上がる気になれない。


親孝行や、と思って上がったとして、母の、一字一句おんっなじな、リピートされるグチが待っている。内心「またか。。」と舌打ちしつつ、すこし聞いて「それ何回もきいたわ」とか、「ああ、それな。ハイハイ」とか、優しいムスメなら決して口にしないようなセリフで打ち返す。。。後で自己嫌悪だけど 最後まで聞いてたら具合悪くなるから。


最近は、ざっと想像しただけで、「やめとこ。無理せんとこ」と決心つくようになってきた。それがいいのか悪いのか、は置いといて。置いとかないと、自分のアナハタの声がかき消されてしまう。


イヤなことでも、やらなあかんことはやらないと。って、誰かの声がするよ、今も。だって、今のパートの仕事だって、夫との生活だって、イヤなのに仕方なくやっている(と思っている)もんね。


いろいろを天秤にかけて、今のところはメリットがあるから、この状態を選択している、という意識を時々持ち直しているけどね、最近は。


母が死んで、いちばん 精神的にダメージうけて引きずるのは私だと、母、私ともに同意見。妹はもちろん悲しむだろうし、きっと仕事中や、夜中目が覚めたとき、朝目覚めた時、母がこの世にいないことを思い出して、どうしようもない寂しさに打ちのめされる。のは、妹も同じだと思う。でも、「ああしてあげとけばよかったあああ!」「もっとこうしてあげればよかったんだぁぁぁ」って号泣して、いつまでも後悔して自責して悲しみ続けそうなのは私なのだ。


そんな私なんだから、家も車20分+🚶‍♀️徒歩12分 なんだから!(妹は車で一時間かかるところにいるからね)後悔ないように まめに顔を見せとかないと。買い物いってあげたり、掃除洗濯整理整頓してあげて。母は脚も痛いんだし。後悔するよ、後悔するんやから!


今年の夏までは、なんとか、それがやれた、なあ。夏が始まって、いつもどおり、虫ムシワールドと化した(もともとそうだけど、さらに)あの家を避けはじめた。


秋になれば、また行ける、と思ってたんやけどなあ。今年は、あかんかった。遅い秋が始まっても、一度切れた気持ちの糸が、ぷっつんしたままで、戻らないんだなあ。