特別養護老人ホーム 潤生園 介護 求人【デイサービス 訪問介護 看護】 『たつのおとしご日記』
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今日は、ちょっと真面目に書きます。


今日の言葉

孤立死


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これは、死後2週間を経て発見された方の死を意味します。

必要な支援を受けられていなかったのです。

孤独死というのは有名ですが、臨終のときにひとりだった、という意味ですね。

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9月の初めに受けた研修で初めて耳にしました。


「孤立無援」という言葉を思い出しました。

厳しい現実を生き抜くときに用いられるのだと思っていたのです。

その人生を終える時にも使うことに、ショックでした。


地域をフィールドに仕事をしているソーシャルワーカーにとって、

やりきれない仕事は山のようにあります。

おひとりおひとりを大切に支える、ということは至極当たり前のことですが、

うまく段取りができなかったり、ズレが生じてどうにもならないことも、現実には起こるのです。

テレビドラマや書物に書かれているようには現実はうまくいきません。


今の私にもできることと言えば・・・

感傷的にならず、ひたすら真摯に「孤立無援の中にあって、必死に生きようとしている誰かの存在」に気づく感性を磨くこと、くらいかな。。。


今日はまじめすぎました。

小田原城址公園の象、ウメ子が天寿を全うしました。

ちょうど、8月の末、大学の先輩たちと小田原散策をした帰り、

久し振りにウメ子にお目にかかりました。

まさか、それが永久の別れになるとは。


高校時代、城址公園は遠回りをするときの通学路になっていました。

もう、セピア色の思い出になりつつありますが・・・

思い出からひとつ。


ウメ子はユーモアのある象

ある晴れた土曜日の昼下がり。

のどかな日差しが射し、城址公園にいる誰もがリラックスしていました。

ウメ子はちょうどお昼ご飯だったらしく、山のように盛られた野菜や果物を

それこそ一所懸命に食べていました。

象が何か食べているのを横から見ると、ニコニコにっこり笑っているように見えるなぁ

なんて思っていると・・・


物体の影が移動した!?


柵の近くで、いちゃいちゃしているカップルめがけて、

自分が食べ終えたバナナの皮を

ぽぉ~んと放ったのでした。

その時のウメ子の気持ちを知る由もありませんが

見ているほかの人たちは「うふふ」という感じ。

一帯は、休日の動物園の微笑ましさに包まれました。


いつかは、自分の子どもの手を引いて、この象の前に来るのだろうと何となく

思っていたけれど、それも叶わぬ夢の一つになってしまいました。

象の還暦。人間だったら100歳くらいなのかしら。

8月の末も、子供たちが「ウメ子~」と呼ぶと、

大儀そうに耳をパタパタさせて返事をしていました。

彼女にとって、子供たちの声にこたえることがお仕事だったのかも。

きっと天国に行く前の日もそうしていたのでしょう。



死んでないから「生きている」

ではなく

「生きている」から生きている。


天寿を全うするとは、残された時間をカウントダウンすることじゃない。

どんな小さなことでも、自分で「自分が生きてる」って感じられることができる、

それが生きるってことなのか。


今の私、どう?




蒸し暑い日が続いています。

この間の日曜日もそうでした。

何をしても、非生産的。だったら好きなことしてゴロゴロしていよう・・・

しばらく積読だった雑誌を開きました。


「文芸夏号」

終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて

歌人・穂村弘さんの特集。表紙に彼の写真が載っているぅラブラブ

本屋さんで見かけたときに、それだけでかなりお買い上げ指数が高かったけれど、

貧乏学生時代の習性が、未だに抜けず

改めて、目次を見ました。


おぉっ

中村文則だ!目


彼は、大学の後輩です。

ゼミ活動で苛め抜いたとか、学食で何かご馳走してあげたとかという関係ではないけれど

一時期、同じ校地で、同じ時代と空気の中を生きた、というだけでデビュー当時から、親近感がありました。

更に、彼の魅力に触れたのは、同窓会の講演会のときでした。

いかにも「作家先生」らしい、不健康そうな空気を引きずって(失礼!)登場。

眼もウサギウサギみたいに真っ赤でした。

学生時代の思い出を問いかける司会者に「あんまりありません」なんて応えたりして、

会場中が彼からアナーキーな発言を期待したそのとき

「仕事をしていて(小説を書いていて)、今、面白くって面白くって仕方がないんです」

と言いました。

“何と健康的!健全な!青年らしいことば!”と驚愕していると

ウン十年前には、教壇で学生達をシゴキ抜いた伝説の教官が

「中村君、本当にありがとう。いい仕事とめぐり合ってくれて、本当にありがとう」と

言うではありませんか!

(これには感激。一緒に聞きたかった私の戦友は、この歴史的瞬間を逃したのだよなぁ)


こういうのを天職って言うのかも!

努力の成果が日の目を見たり、達成感や他人からの評価を得たとき、

初めて使える言葉だとずーーっと思っていました。

でも、いいんですねぇ。

自分が、その仕事に打ち込むことができれば。
若い人に、またおしえられちゃった。


そこで、今日のことばは

天職。転職ではなく・・・。)

そりゃ、辛いこともあるし、情けなくなることだってあるけれど

「面白くって面白くって仕方がない」感じ

私にも、よくわかる。


今日、よんで下さったあなたへ。

今取り組んでいることで、「面白くって仕方がない」ときが、来るかも知れません

いつやってくるか、わかりません。

転職しちゃったら、一生わかりませんよ。それは、もったいないかも。

辞めるのはいつでもできる(←これは私の指導教官の口癖。)のですから、

そのときまで、ユルユル続けていてもいいんじゃないかなぁ

天職にめぐりあっている、のであれば、私もうれしい。


「作家は天職」という、私の後輩「中村文則」をご贔屓に音譜