ラズファードの氷で満たされたバケツには魚が二匹いた。
アラバルウ(鱒)とユランバルウ(鰻)、食べごたえのあるユランバルウはガダラルに譲るかと考えながら、これ以上は釣る必要も無いとラズファードは竿を片付ける。
皇都から北に抜けたこの地は疎らな林の中に緩やかな河川を有し、釣りに向いた場所である。
ただ隣で釣糸を垂らすガダラルにとっては初めて場所で、馴染んだ湖とはまた違う環境に苦戦しているようだった。
釣果の無い彼は静かに流れる河面を睨んでいる。
「魚は十分ある」
「んー」
生返事が返ってきて、ラズファードはやれやれと肩を竦めた。
負けず嫌いの友は一匹なりとも釣り上げたいのだろう。
身の回りの世話を任せる従者に火をおこすよう命じる。
魚の腸を取り、持参した金串に刺すのは大した作業ではない。
時間を惜しみ調理にかかった手は、上がった声に止められた。
バシャバシャと河面が騒ぐ。その黒い魚影を見た瞬間に、嫌な予感がしてラズファードは友人の釣竿を持っていた。
「何だっ、一体!」
それは獲物にか、有無を言わさず近寄ったラズファードに対してなのかは分からないが、とにかく、
「息を合わせろ。引きずり込まれる」
と、叩きつける様に返す。
何か言いたげにしていたが、ガダラルはただ了解と一言言った。
引きが流石に強い。幸か不幸か、ガダラルが用意していた竿は大物を想定した強いものだった。
跳ねっ返り娘の様に相手は暴れ回るが、力を反らし、タイミングを測る。
焦らず少しずつ、ジリジリと魚影は河辺に近づいてくる。
密着する友の緊張した息遣いが耳に聞こえる。
「引け! ガダラルッ」
上げた掛け声と共に、巨大魚は姿を空中に踊らせた。
音立てて岸に揚がったモリナバルウ(蝶鮫)はバタバタと跳ね回っており、その大きさはラズファードの身長の倍以上、記録上最大級のものだった。
渾身の力で引いた二人は姿勢を崩して座りこんでいた。
ラズファードが頭を打たないようにと庇った友の手が項を包んでいる。
「良い土産が、できたな」
息を弾ませて語り掛けた相手は声を上げ笑っている。
「あはははっ、すげェ。いっちまいそうっ」
興奮醒めやらぬ声を上げ、頬に数度口付けてくる。
密着する上気した体は熱く、まるで炎の様で、炎蛇将の名を持つに相応しく思えた。
嗚呼、その炎に焼かれれば死ぬのだろうか。
一国を預かる身でありながら、今はそれも良い気がするのだから救えない。
そう彼は自嘲した。