ヴァレンティオンデーという言葉はガダラルも聞いた事がある。
西国の祝祭であり、傭兵達がチョコレートを貰った貰えないと一喜一憂する様子が人民街区のあちこちで見られる時期だ。
本来の由来はどうあれ、日頃の感謝を伝えてチョコレートが贈られる事も多い様で、同僚の女将軍から試作品を疑う味の怪しいチョコレートを押し付けられたのは記憶に新しい。
または、ガダラルの料理好きを知る上司からこっそりと催促が来ていたりもした。
別にブラウニー位なら手間でも無いがと考えた辺りで、異国の祭に踊らされる義理はないと思い直したものだが、作っておけば今頃甘党である宰相閣下の良いおやつになった筈だ。
コアントローかオレンジキュラソーの入ったシロップを塗って寝かせば、それなりに上品な味となっただろう。
釣りをしながら思うのはそんな事で、昼の光が照らす河辺において隣で釣糸を垂らす友人に、料理好きとしてシンプルな焼魚だけではない物を食べさせたい気持ちがあった。
全く愛の告白の時期に、男同士で贈り合うとは寒い、と我に返る。
「引いている」
掛けられた声にはっとして竿を引いていた。
魚の動きに合わせた筈だったが、引き上げれば無惨に釣り針だけが下がっていた。
「ああ、取られたか」
笑み混じりの友人の声に舌打ちを返した。
何が面白いのか、ラズファードは楽しそうだ。
飾りの無い濃紺の質素な服は彼の身分を隠したが、この河辺一帯に厳重な警備がされている。丸腰、非武装のガダラルに対してすら警戒は向けられていた。
肌に刺さるそれはガダラルを不機嫌にさせる。
「餌の付け方が甘いのだろう。手伝おう」
「いらね」
「ふっ、そうか」
「やっぱりいる」
「では、貸せ」
やはりラズファードは楽しげで、革手袋を着けた手で器用に練り餌を付ける。
「釣り好きだよな。お前」
そんな風に問いかけてみれば、少し意外そうな顔が向けられていた。
「そうなるのか」
とぼけた答えに、
「違うのかよ」
と思わず確認する。
「否、違いはせぬが、所詮暇潰しに過ぎぬ」
「暇潰しぃ?」
多忙な友人からそんな言葉が出るとは思わず、不覚にもガダラルの声は裏返った。
「だが、お前が焼いた魚は美味いな」
しみじみ呟かれる言葉をどう受け取ろうかガダラルは一瞬悩んだ。
評価されたと喜ぶべきか、存在が軽いと落ち込むべきか。
悩んだが結局、
「あ、そう」
と答えるに留める。
友人と遊ぶのに理由は関係ない。それで良かったからだ。