ヤモリの結婚 1  前夜 | 1500mのスイス、雲が足下に浮かんでいる。

1500mのスイス、雲が足下に浮かんでいる。

エンガディン地方の標高1500mの小さな村で、2人の子供たちと暮らしています。
ADHDという発達障害を持つ私と息子。ASDでキューバ人の元夫も、たまに登場します。そして娘はASDそれともHSP?!2019年、新たな展開が‥笑

私たちが市役所に結婚届けを出したのは、

miが一歳の誕生日を迎えた数日後でした。

 

私の学生ビザが、秋で切れるため、

不法滞在になってしまう前に、

どうしても婚姻をする必要がありました。

 

 

でも、その直前の娘の一歳の誕生日でも、

やりきれない程の悲しい思いをしていたのもあって、

前日に、ウディングブルーではないでしょうが、笑

どうしても取り止めたくなってしまい、

往生際悪く、イヤだー!と泣き喚いてしまいました。笑

 

市役所での婚姻届けには、

立会人が、妻夫、それぞれに一人ずつ必要でした。

私の立会人は、当時一番信頼していた友人のT美さん。

ボビーの立会人は、‥誰だか忘れました。笑

ボビーも覚えてはいないでしょう。その訳は後ほど。

 

私はT美さんに電話をかけ、

泣きながら結婚を取り止めたい旨を伝えました。

T美さんは、夜遅くにも拘らず、

すぐに駆け付けてくれました。

 

子供の頃から結婚制度は不自然に思っていたし、

「僕の妻」とか呼ばれる事を考えただけで、

殆ど恐怖にも似た感情が湧いて来たのです。

 

後は、やはりボビーとは長くはやって行けないと

既にわかっていましたから、

心情的には、嬉しさも喜びも皆無でした。

 

ビザ取得と言う目的を果たす為でしたから、

自分の気持ちとは裏腹で、

こんな虚無感漂うイベントを本当にしなければならないのか、

他に方法はないのか、もう気も狂わんばかりでした。

 

T美さんは、そんな私の気持ちを黙って、

とことん聴いてくれました。

 

遂に、何も言う事がなくなるところまで待ってから、

「そんなところかな?」と言って、私が頷くと

今度は、ボビーに向き合って、

ボビーの気持ちを、私の時と同じように、

言う事がなくなるまで延々と聴いてくれました。

総計4時間くらい?笑

 

彼女の大好きなところは、こういうところでした。

私の全面的な味方をしてくれる友人はいましたが、

ボビーにも同等に接する友人は、

彼女の他にはいませんでしたから。

 

だから、彼女はボビーにも絶対的な信頼があって、

私たちの仲が深刻な事態に陥ると、

私もボビーも、迷わずにT美さんを頼りました。

 

私たちが言いたい事を言うだけ言うと、

T美さんが、私に聞いて来ました。

 

「それで、明日はどうしよっか‥?」

 

涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れた顔で、

 

「け、結婚します‥」

「二人で、子供は育てて行きたい‥」

「ボビーはあんなんだし、他には

 誰も一緒にいてくれる人もいないだろうし‥」笑

 

と、答えました。

 

もう、後戻りできない。

娘をボビーから取り上げる事も出来ないし、

ボビーを娘から取り上げる事も、私にはできない。

 

一緒にいる為には、これしかない‥

 

腹をくくりました。

大迷惑な結婚前夜の大騒ぎがお開きになって、

数時間後には、皆寝不足で目の下に隈を作って、

市役所に集合することになったのでした。笑

 

 

そして当日も、あくまで私たちらしく

波乱と笑いに満ちた一日となったのでした。

 

 

つづきます