毎年この時期は、
生花で美しく飾った教会の扉の前に
子供たちがはにかみながらも胸を張って
正装で並んでいるのを見かける。
そして、親は誇らしげにそんな子供たちを見つめている。
ここエンガディン地方では、14歳になると
堅信(konfirmation)というプロテスタントの洗礼があって、
成人するという意味と共に、信仰を固めるという儀式なのだ。
堅信をする子供たちは、数年前から様々に準備をしている。
聖書の教えを勉強したり、
十字架のモチーフを木彫りや銅で制作したり。
近所に住む牧師のマリーナから、
ウチの娘にも参加するかどうか打診があった。
即答ではっきり答える娘。
「Nein, Danke!!!!」笑![]()
続いて娘の言うには、
「全然、興味ないから!」笑
一抹の気まずさ
とともに、大きな安堵感
を感じる私。
「堅信を受けると言う事は、
地域の一員ともなる大事な儀式なのよ!」
と、同僚からも言われ続け、地域の14歳の子供で受けないのは
恐らくウチの娘だけと言う結構な肩身の狭さ。
でも私にしたら、本人の意思も関係なく
生まれて間もなく洗礼を受けさせられて、
伝統や習慣から、当たり前のように堅信を受ける方が怖い。
そう、怖さを感じる。
私が一番怖いと思っている人間の集団心理。
皆が当たり前と思っていて、
それをすることを暗黙に期待されている。
雪のように重たくて湿った重圧という期待。
私には特定の宗教はない。
子供たちが自分で宗教を選んで持つのは自由だけど、
私は強制しないし、何の期待もしない。
娘が断ったとき、まあ、安堵はしたけれど。笑
キューバでは15歳に成人式があるらしい。
お姉ちゃんたちは娘にキューバ式で成人式をさせることを
なにやら目論んでいるらしい。
日本でも成人式も出ずに、ブラブラ旅をしていた私には
全く頭のイタいことである。笑