前回の過去生の岩倉具視についてですが、彼もかなりの酒飲みだったようです。
日本酒が好きで、晩年は欧米渡航の影響もあってか、ワインも飲んでいたようです。
松取りに加担していた祖父たちが二人とも酒飲みであった事を鑑みると、やはり岩倉具視もお酒のチカラで何かしらの感情を紛らわしていたと思われます。
Wikipediaにある彼の肖像画は、勲章を付けていますが、それは天皇に貢献し支配層に与した証であり、決して国や国民に貢献したからではありません。
天皇ならびに支配層の地位を揺るぎないものにするためには、ピラミッドの下部にいる人々を絶対服従させる必要があり、決して覚醒しないようする必要があった訳です。
ここまでは自分の知識で理解できるのですが、わたしは岩本氏のブログ『日々の気づき』の中で何度も出てくる「松取り」という事実に当初非常にショックを受けました。
動物や人間の脳から松果体を取り出し、それを直接または加工して摂取していた事実と、現在でもそれが続いているという事実に言葉を失いました。
生身からとは考え難いですから、屍から取り出す事を考えると、あらゆる宗教が生贄の儀式を正当化してきた理由が分かります。
またここ数年の間に世界中で話題にされてきた人身売買が松取りと大いに関係している事も分かりました。
そして人が大勢亡くなる戦争や伝染病が、松取りの為のマッチポンプであるという事実には更に驚きが隠せませんでしたが、そこに加担してきた先祖に対しては気の毒な気持ちでいっぱいになりました。
光に還るべき存在が光に還れず、救いの手を求めてきたからには、還すのが役目というものです。
大きな闇を体験し、重いエネルギーのまま光に還れず彷徨う彼らは、光に還してくれる者を探してアプローチしてくるようです。
こんな話しに背筋が凍るかも知れませんが、彼らも自分も、そして世界中の全ての人がみな同じ場所からやって来た事を思い出せば決して怖くありません。
そこは、一なるものであったり、一なる意識であったり、ワンネスであったり、源であったりと呼び方は様々ですが、最近は「光」あるいは「源の光」がいちばんしっくり来るようになりました。
元いた場所に還れるようにように、光をおろし闇の封印を解いて、再び光へ還すための祈りは、分離を極め闇にしてきた事への労いと感謝の気持ちを込めて、お疲れ様でした!の一言に尽きると一人頷く土曜の朝でございます。
皆様におかれましては、良き週末をお過ごしください