今日のテーマは私の母校、小学校について。

有難い事に幼稚園から私立に入れてもらっていて、
小学校も例外ではなく京都市内の私立小学校に入学。
大通り脇のお地蔵さんを目印に曲がったところに
ひっそり建つ古ぼけたそれは二階建ての一軒家。
誰もまさか小学校だとは思いもしないような。

私が通った6年間で生徒数は多くても30人程度、
少ない年は12人の時もあった。もちろん複式学級。
算数と国語はそれぞれの学年のものを習うが、
社会と理科、それから音楽等の芸術系と体育は
完全に複式学級制度。私の学年は修学旅行が5年生の時だった。

小さい学校だったので全校生徒がまるで兄弟姉妹のようで
先生達は親のように厳しく優しくしてくれた。

私を3年間に渡って担任してくれたT先生は、生徒と
面白いやりとりをいくつかしていた。一つ目は漫画を描く事。
ノート一冊に4コマ漫画をたっぷり描いて先生に渡すと
新しいノートをくれるのだ。一生懸命書き溜めたけどなかなか
いっぱいに出来なくて、結局2冊目をもらった覚えは無い。笑。
4コマが得意な子は多分5冊くらいにはなっていた。
二つ目はなぞなぞ。「葉っぱ(8×8)は何枚?」「64枚」
なんていう簡単すぎてどうしようもないくらいのなぞなぞ
でも良い。今までに無いなぞなぞを考えて先生に言うと
ゴマをもらえた。先生がいつもビンに入れてもっている
白いイリゴマ。あれが欲しくて欲しくてなぞなぞを考えたものだ。

輪ゴム飛ばしが流行った時は上級生vs下級生で対決が始まった
ものだし、昼休みの時間にどの学年が卓球台を先に取るかで
早食い男子が増えたり。二階の図書室から階段を通って一階の
音楽の部屋まで迷路のような道を作って何度もパチンコ玉を
転がして遊んだり、木でパチンコ台も作った。学校にはUNO
やトランプを持ってくる事が禁止されていたが、手作りの物
なら良いという事になって、UNOもトランプも画用紙で
手作りした。空気の抜けたバスケットボールでドッヂボール
したり、冬には石油ストーブの前で編み物してみたり。

6年間の学校生活でかぶった上級生や下級生、同級生とは
その後久しぶりに会っても仲良く話せるのが良い。今となっては
かぶった事が無くても、同じあの小学校に通ったという
共通点だけで年の離れた人とも仲良くなれる。そういうのっていい。

私の小学校生活、振り返ると面白い事いっぱいだったなぁ。
誰にでも自慢出来る小学校です。

残念ながら数年前に廃校になってしまったけれど、
あんな良い小学校はきっとどこにもないでしょう。
ぜったい無い。