キリスト教の家庭で育って、小学校から高校までを
いわゆるミッションスクール(プロテスタント)で
育ちました。中学高校は全寮制の寮に入って過ごし、
しかもかなりの山奥で、オウム真理教が問題になった
ときは、同じ様に見られてるのではないかと不服に
思った事もありました。そんな環境で、塾通いも買い物も
出来なかったのですが、その代わりに部活動と名乗る
程でもない同好会並の部活が盛んでした。というより、
一般の学校のように一人一つの部活ではなくて、かけもち
出来るシステムになってました。更にミッションスクール
という事で、聖歌隊があって、入隊するにはオーディション
もあったほどの人気っぷりでした。

私も例に漏れず、聖歌隊に憧れて入隊しました。
ありとあらゆる宗教曲を歌ってきたわけですが、何が良いか
って、その曲の大半を顧問の先生が作詞作曲していた所。
彼はその面ですばらしい才能を持っていて、ミュージカル風
にしたり、厳かにしたり、明るくしたり、その曲風のジャンル
はそれこそ簡単に数えられないほど。彼の指導を受けて、
毎年クリスマスコンサートを各地でするわけです。
その頃には合唱としての出来も最高潮に達していて、その中で
自分が溶け込んで歌っている事に感動して鳥肌が立ったものです。
それもそのはず、およそ70人か80人の混声合唱です。
あの感動が忘れられず、時折思い出して懐かしむのです。

顧問の先生の曲にかける思いと生徒へ指導する際の情熱、
私達みんながそれぞれに想うそれぞれの神様への信仰。
これらが揃ったときのドキドキをいつか天国で、と想っています。