ポロの夜は、全然寒かったです・・・
あんまし寝れなかった。
テーブル硬くて痛いし。
二人が散歩に行く中、暖かくなってきて、テーブルの上でうとうと寝てると誰かに声を掛けられる。
起きると窓の外におばあちゃん。
何か話しかけてますが・・・分かりません。
多分、「テーブルで寝るとは良いアイディアだ。」
と言っていたに違いないです。
ちょっと恥ずかしくなって起き上がる。
散歩に出かけてみます。
村の子供たちが興味深深で見てきます。
追いかけてみる→逃げられる。の繰り返し。
ウロウロしてると、一つの商店の中にこびっち発見。
なぜ、そんなとこに。
幼女2人姉妹をナンパしてました。
かわいいので私も参加。
すると、メロンを持ったむさしさん登場。
みんなで5ペソメロンを食べます。
甘くておいしい。
3人でぷらっと学校まで行く。
今はやはり学校は冬休み中。
校舎の前の広場にはコーヒー豆がたくさん天日干しされてる。
これがサパティスタコーヒーか。
コーヒー豆の横で子供たちと、カサカサのゴリさんにもらったスーパーボールで遊ぶ。
気づくとむさしさん・ひょっこりが青空の下でサパティスタ家族と共にコーヒー豆の選別してる。
わたしもちょっとだけお手伝い。
・・・が、折り紙があることを思い出し、みんなに折ってあげる。
子供達、興味しんしんです。
もっともっととせがまれますが、私の折り紙ボキャブラリーは鶴・バラ・紙風船のみ。
折り紙に熱中してると、コーヒー豆の選別作業終了。
たいして何もしてないのに、ご褒美のスイカをもらう。
ありがとー!
昼食の後、少し離れたアクテアロ村まで歩く。
行き道に出会う先住民の皆さんはとっても柔らかい雰囲気。
先住民の人は写真を嫌う人が多いのに、ここの人は撮っていい?って聞くと撮らせてくれる人が多いです。
みんななんだか温かいです。
そんな住宅地を抜けると突然、軍隊の基地が現れる。
メキシコ政府軍の基地です。
ポロの村を監視するように見下ろすように基地がある。こんなに近くに。
なんて嫌味なんだろう。
かなり歩いてアクテアロ到着。
道沿いに聳え立つ目立つモニュメントは「汚辱の塔」。
実はこの村、約11年前の1997年12月22日にメキシコ政府による村人の虐殺があったばかり。
死者数45人。
この汚辱の塔は45人の村人の苦痛の表情をモチーフにリアルに作られたモニュメントです。
小さなこの村で起きた大惨事。
今はそんな悲劇があったなんて黙ってれば全然分からない程、村の雰囲気は穏やかです。
村の広場では軽快な音楽に合わせて村人が踊ってます。
お祭りかな?と聞いてみると、毎月22日はこうしてみんなで集まって踊るんだとか。
スペ語が堪能じゃないので聞き取れなかったけど、きっと虐殺された仲間を偲んでのことだろうな。
村の端には当時の建物が一軒残されていて、その壁、屋根には無数の銃弾の跡が・・・
偉い人にお願いして、礼拝堂を見学させてもらう。
ここには虐殺された45人の魂が眠っています。
案内してくれた人が強く語ってくれます。
ここには45人の犠牲者が眠ってる。
その多くは女性と子供。
中には妊婦までいて、その妊婦さんはお腹を切り裂かれ、胎児を切り刻まれたそうだ。
悲惨すぎる。
しかも驚くことに、この村の人たちはサパティスタでは無いという事。
サパティスタ側でも政府側でもない中立の立場を主張していたにも関わらず、政府に標的にされたとか。
しかも村を襲ったのは、政府に雇われた貧しい先住民の人たち。
やらなければ、自分達がやられるかもしれない。
そんなひどい状況をつくったメキシコ政府。
しかも虐殺に関して、政府側の声明は当初、「先住民同士のトラブルによる争い」。
で片付けられたそうです。
それがたったの11年前の出来事だなんて信じられない。
メキシコの闇の部分を知ってしまった。
アクテアロの人々、ポロの人々、オベンティックの人々、たくさんの無邪気な子供達、優しい笑顔をくれたたくさんの家族達。
その笑顔が永遠の守られるようにと強く思った。
笑顔が消えることがないように、みんなが平等で暮らしやすい世の中がくるように。
メキシコ政府さん、心を入れ替えて頑張ってください。
↓ブログのランキングやってみてます笑 他の旅人のブログもあるよー
