今日はちゃこままの推しグループの話題から、雑談です。

 

そもそも中学受験をしようと思ったきっかけに絡めて振り返ってみました。

 

 

 

先日、推しグループのメンバーがYOUTUBEチャンネルで、

 

「自分の子どもには、勉強できる子に育ってほしいか、優しい子に育ってほしいか」

 

という話で盛り上がっていました。

 

彼らは20代の未婚男性なので、もちろん妄想の世界ですが、それぞれの意見があって興味深く聞いていました。

 

 

 

ちゃこままの答えは、一つ。

 

 

「勉強ができるかできないか」で言ったら、できた方がよい!

 

「優しい子になってほしいかそうでないか」は微妙なところ。

 

 

 

一人のメンバーが

 

「優しすぎて他人のことに心を痛めて毎日泣いているくらいなら、AIみたいな子でいい」

 

と言って、他のメンバーを驚かせていましたが、ちゃこまま的にはよくわかるてへぺろ

 

 

 

優しすぎるっていうのは、生きづらさと表裏一体。

 

周りに優しすぎて自分の蔑ろにしたり、自己肯定感が恐ろしく低くなると、本人が苦しい。

 

 

 

とか子は低学年の頃、自分に自信の持てない子でした。

 

失敗するのが怖くて、何かに挑戦するのが怖い、目立つのも怖い。

 

いわゆる”いい子”で、友達とうまくなじめず、学校は息苦しい場所だったようです。

 

でも、お友達には優しかったし、誰かとけんかをするようなこともありませんでした。

 

そのしわ寄せは中学年のときにきて、親がひっくり返るような問題を起こしました。

 

あの勢いで、不登校になってもおかしくないくらいの状況。

 

 

 

ところが、受験勉強を始めて、塾に通い始め、塾友ができたあたりから、変わりました。

 

自信がついたところから、引っ込み思案キャラから、クールキャラにキャラ変。

 

決してお友達がたくさんいて、誰にでも優しいという性格ではないけれども、

 

とにかく「学校に行くのが楽しい」と言うようになったことが、大きな変化でした。

 

 

 

「友達に優しい子になってほしい」っていうのは、

 

その子が幸せで満たされていて余裕がある上で、回りに優しくできるのならいいのですが、

 

自分が犠牲になればいい、我慢して優しくしなきゃという呪いになっていたら嫌だな。

 

 

 

子ども達には「友達たくさん作ろう」とか「みんなの優しくしよう」なんて思わなくても、

 

自分の世界を大切にしつつ、社会の中でほどよく適応して生きていってほしいな~と思っています。

 

わざわざ中学受験するのも、そんなとか子の馴染めやすい環境を見つけるため。

 

中高生のうちに、自分を偽らなくても付き合える友達が一人でいいから、見つかるといいな。

 

 

 

あと、有名人とか、一部の成功している人の「学歴は必要ない」は、信じちゃダメだと思ってます。

 

それは、勉強以外に才能があった人が、たまたま勉強しなくても成功しただけ。

 

 

「凡人こそ勉強」

 

 

黒木先生のセリフですが、本当にそれ!

 

”学歴が全て”ではないですが、「必要ない」は理想論すぎですよねー