再審請求中の元死刑囚・福岡事件の石井健治郎さん死去
1947年、福岡市で中国人ら2人が射殺された「福岡事件」の元死刑囚で、再審請求中だった石井健治郎(いしい・けんじろう)さんが7日、急性心筋梗塞で死去した。91歳。告別式は8日午後1時、熊本県玉名市立願寺584、生命山シュバイツァー寺。自宅は同寺。喪主は、同寺代表で身元引受人、古川龍樹(ふるかわ・りゅうじ)氏。
石井さんは、軍服の取引をしていた中国人ら2人を射殺し10万円を奪ったとして、西武雄・元死刑囚らとともに強盗殺人容疑などで逮捕された。石井さんは強盗目的を否認したが、無罪を訴えた西・元死刑囚とともに56年、最高裁で死刑が確定した。
5回の再審請求はいずれも退けられたが、西・元死刑囚に刑が執行された75年、石井さんは恩赦で無期懲役に減刑され、89年に仮釈放された。その後、古川さんの父を頼って同寺に身を寄せ得度した。2005年、西・元死刑囚の遺族らと福岡高裁に6回目の再審を請求した。最近は高齢のため入退院を繰り返していたという。古川さんは「最後まで再審請求に意欲を見せていた。遺志を受け継ぎ、運動は続ける」と話した。
(2008年11月8日 読売新聞)
この西武雄氏は冤罪で無罪なのだが死刑執行された。
「福岡事件」
については検証すればするほど国家権力というより、戦勝連合軍の中華人民共和国の圧力により西武雄氏は冤罪にされた。
但し、石井健治郎は中国人二人を射殺したことは間違いないのだけど。
一審での判決公判の時に、被害者側の大勢の中国人が法廷に押しかけ、「みんな死刑にしてしまえ」と怒号を発した。判決を言い渡した後、裁判長は傍聴席の中国人に向かって「ただいまお聞きのように、西・石井は死刑、その他の者も最高刑の刑を言い渡しましたから、ご不満もあることでしょうが、なにとぞご了承下さい」と、頭を下げたらしいのだ。
戦争に負けるということはこんなことなのだ。
「袴田事件
」
これも冤罪ではないか?
第一審の陪席裁判官、熊本典道氏が、実は無罪と考えていたが、裁判官の多数決で負けて死刑判決を書いたと告白したのだ。
裁判員制度に向けて冤罪のないようにワタクシ勉強中です
・・・・裁かれる側にならぬよう心掛けていても、いつしか冤罪で・・・・
