ワタクシのアンダーライン


秋の夜長、ゴソゴソと本棚を漁り、パラパラとページをめくれば、端っこが折ってありアンダーラインが引いてあった。本


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「人間のすることに、むだなものは一つもない」と主水正は云った、「眼に見える事だけを見ると、ばかげていたり徒労だと思えるものも、それを繰返し、やり直し、積みかさねてゆくことで、人間でなければ出来ない大きな、いや、値打のある仕事が作りあげられるものだ、堰の工事はもちろんやり直す、この新畠もこのまま捨てはしない、いつか必ず立派な新田になるだろう、但し、本気でそうしようとする者がどれだけいるかいないかのはなしだ」
「堰の工事は」と関蔵が涙を拭きながら反問した、「本当にまたやり直すんですか」
「私はそう聞いている」主水正は顔をそむけながら答えた、「私が四年ちかくもここを留守にしたのもそのためだ、堰の工事はまもなく始まるだろう、人間は生れてきてなにごとかをし、そして死んでゆく、だがその人問のしたこと、しようと心がけたことは残る、いま眼に見えることだけで善悪の判断をしてはいけない、辛抱だ、辛抱することだ、人間のしなければならないことは辛抱だけだ、わかってくれるな、関蔵」
「おらにはわからねえ、おらにはよくはわからねえ」彼は頭を振った、「じんむ天皇の墓だって万年とは残りやしねえだろう、みんなそのときばったりだ」
「そうかもしれない、そのときばったりかもしれない、けれども、墓が万年のちまで残っても、墓は墓だ」と主水正は云った、「大切なのはなにが万年さきまで残るかではなく、そのときばったりとみえるいまのことだ、地面に砂で描いた絵は半刻とは保たないだろう、しかしそれを描く絵師にとっては、生活のかてであるだけではなく、描いた砂絵は彼の頭から消えることはないだろう、いちばん大切なのは、そのときばったりとみえることのなかで、人間がどれほど心をうちこみ、本気でなにかをしようとしたかしないか、ということじゃあないか、そうは思えないか」・・・・・・


ワタクシの「ながい坂」も下巻にさしかかっている。叫び

・・・・何かを成したであろうか?・・・・しょぼん