モーリタリア 「奴隷制」残る


「母や私たち兄弟は、いつも主人に殴られた」 マタッラ・ムベレックさんは約3年前、モーリタニア北東部から逃れてきた奴隷の一人だ。奴隷として生まれ、ヤギなど家畜の世話をさせられた。学校には行かせてもらえず、賃金もない。最近まで数を数えられなかった。今も自分の年齢を知らない。冬も屋外で寝起きし、主人の暴力は日常茶飯事。ほおには棒で殴られた傷跡が残る。
 放牧中に通りかかった軍部隊に助けを求め、脱出。主人に連れ戻されそうになったが、奴隷を保護・支援している民間活動団体「SOSスレイブズ(奴隷)」にかくまわれ、首都ヌアクショットに移送された。 「脱走して戻ったら、見せしめとして殺される」 知り合いの奴隷は3度目の脱走で連れ戻された後、井戸に生き埋めにされた。

マタッラさんはつぶやく。
 「我々は所有物なんだ」 モーリタニアの奴隷制の歴史は古く、アラブ人が11~12世紀ごろ北西アフリカ征服後に本格化した、との説もある。基本的には、支配層のムーア人が黒人を奴隷とする構図だ。法的には奴隷制は1981年に廃止され、2003年には人身売買を禁止する法律もできた。しかし、SOSスレイブズには連日、保護や支援を求める奴隷が訪れる。 

ブバカル・メッサウド代表(62)は、「法律はあっても処罰された者はいない。
政府は、『奴隷制は存在しない』という立場だが、実際は社会の奥深く複雑に浸透している」と説明する。
 奴隷状態にある住民は、10万人以上との見方もある。多くは代々「主人」に引き継がれた。女性の奴隷の子は奴隷とみなされる。
主人に性的関係を強要される女性も少なくないが、生まれた子供も主人に認知されない限り奴隷だ。
 メッサウド氏自身、奴隷の子として生まれ、偏見と差別に疑問を抱いて奴隷制廃止運動を展開し、投獄された過去を持つ。しかし、抵抗する者は少数派だ。恐怖や家族のしがらみに縛られる者が多い上、自由になっても、名前や出身地で奴隷とわかってしまい、社会的差別を受けやすいためだ。
 SOSスレイブズは、奴隷保護と同時に奴隷制撤廃の啓発活動にも力を入れる。メッサウド氏は、人々の意識が変わらない限り、状況は好転しないと訴えた。

                                    読売新聞 朝刊より


たまたま、先日から「幻の漂泊民・サンカ」 沖浦和光著 文春文庫を読んでいる。

一所不在 一畝不耕 一生無籍 一心無私  ’60年代に列島から姿を消した自由の民・サンカ。・・・・・

被差別民はいかにして発生したか?


今月は「藤沢」を中断して、「差別強化月間」とする。

・・・・あくまでも差別について考えるということですから・・・・