人の世は不変だ


世の中はしつこい、毒々しい、こせこせした、そのうえずうずうしい、いやな奴で埋まっている。

元来なにしに世の中へ面を晒しているんだか、解しかねる奴さえいる。

しかもそんな面にかぎって大きいものだ。浮世の風にあたる面積の多いのをもって、さも名誉のごとく心得ている。

五年も十年も人の臀に探偵をつけて、人のひる屁の勘定をして、それが人世だと思っている。

そうして人の前へ出て来て、お前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと頼みもせぬ事を教える。前へ出て言うなら、それも参考にしてやらんでもないが、後の方から、お前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと言う。うるさいと言えばなおなお言う。よせと言えばますます言う。

分かったと言っても、屁をいくつ、ひった、ひったと言う。そしてそれが処世の方針だと言う。

方針は人々かってである。ただひったひったと言わずに黙って方針を立てるがいい。

人の邪魔になる方針は差し控えるのが礼儀だ。邪魔にならなければ方針が立たぬと言うなら、こっちも屁をひるのをもって、こっちの方針とするばかりだ。そうなったら日本も運の尽きだろう。


このような人々はいつの時代にもいるのだろう。

縄文・弥生の時代からこんな営みがあったのであろうと想像出来るもんなぁ~。


ワタクシも人の屁を勘定せぬようにせねばと改めて思うのです。


 ・・・・屁の勘定より、多摩川の大掃除じゃ・・・・