『豚の死なない日』 『続・豚の死なない日』




ロバート・ニュートン・ペック著

日本では1996年2月に『豚の死なない日』発刊、続編は1996年10月発刊ですが、原作は1972年に発表されて、アメリカでは大ベストセラーとなったペックの処女作です。驚きはこの続編、22年後の1994年に書かれたものです。

物語の中では前作の二週間後からこの続編は始まっています。

20年以上ずっと続編を書かねばと思っていたのでしょうね



自伝的小説で13歳の作者と父親・豚のピンキー(ペックの飼い豚)との別れがあり、貧困のどん底で少年は一冬で大人になっていく・・・・・

とにかく読むべき本です。


もし、少年が大人になる瞬間(とき)があるとするなら…。
 僕、ロバート・ペック、十二才。素直でやさしい少年だ。ある日、隣人の牛の難産を助け甲状腺腫をつかみ出し、全身傷ついてしまう。この冒頭の展開は息もつかせず一気に読者をひきつける。そして、お礼に持参された大切な豚のピンキーとの生活が始まる。
 父はもうすぐ六十才。シェーカー教徒で、豚を殺すのが仕事。ヴァーモント州ラーニングに根を下ろして大地の掟を守り、フリル(なくてもすむもの)を排除する「質実の民」である。読み書きできなくとも厚い信仰心を持ち、あらゆる生きとし生けるものに誠実に生きる父の姿には圧倒される。父を支える母の聡明なやさしさも光る。
 十二才の春と夏。豊かで厳しい自然の中で少年は、豚のピンキーと共に生命の連鎖=弱肉強食の世界に遊び、父との共働作業、村人達の大人の事件、隣人との旅、宗教の違いなど様々な体験を通して、父を学び成長していく。そして秋、死を悟った父は少年に、一冬で大人になれという。厳しい冬がきて、ピンキーの不妊がわかり、父と少年はついにピンキーを殺す。その瞬間、少年は父を憎んだ。が、「これが大人になるということだ、やらなければならないことをやるということだ」といった父さんのやさしい手に触れ、少年は父を許す。そして、予告通りの父の死。静かな朝を迎え、確かに少年は十三才のりっぱな大人になっていた。
 子どもの自立は、それがたとえ一歩づつのゆるやかなものであっても、胸ふさがれる思いを伴うものだ。まして、一冬で自立すること、させることを思うと、その厳しさに深く胸を打たれる。
 全編、ユーモアと愛情に満ち満ちた、上質な、著者の父に捧げる鎮魂歌である。


読書会てつぼう:発行 1996/09/19 より転記させていただきました。


「父さん、僕たちは豊かじゃないよ。」「豊かじゃないか。互いに守るべき人がいて、耕すべき土地がある。それにこの土地はいつかわしらのものになる。……日が沈むのをみれば、目頭が熱くなり、胸は高鳴る。風の音に耳を傾ければ音楽だってきこえるじゃないか。心はうきうきして、ステップを踏みたくなる。まるでヴァイオリンでもきいているようだ」


「父さん、どうしてぼくたちは『質実の民』でなくちゃいけないの?どうして?」
「それがわしらの生き方だからだ」
「ぼくは一生ああいうコートは着られないの?どうしてもだめなの?」
「着られるさ。自分で稼げばいい。おまえもそのうち一人前になる。それも、すぐにな」
「まだまだ先の話だよ」ぼくがいった。
「先じゃだめなんだ、ロバート。すぐに一人前にならなくては。今年の冬のあいだに大人になるんだ」


 このヴァーモントの土の下にぼくの父ヘイヴン・ペックがいる。額に汗して懸命に働き、自分のものにしたいと願っていた土の奥深くに眠っている。今、父さんはヴァーモントの土の一部になったのだ。「おやすみ、父さん」ぼくはいった。「13年間、父さんといっしょに暮らせて幸せだったよ」



・・・・・本棚探訪は時間がかかるなぁ~。

どうしてもお気に入りの本は手に取ってしまう、この本のように読み返し、またまた感動するのだ。

全米150万人が感動した大ロングセラー・・・・今ではもっと多くの人が読んでるはずだ!


ブッシュ大統領は読んだのであろうか?

金正日にも是非に読んでもらいたいものだ。