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葉山発信-古代縄文哲学歴史書「ホツマツタエ」を探す旅

葉山から発信の神社巡りから、古代縄文哲学、ホツマツタエの歴史を探す旅です。

昨日に葉山の鐙摺にある須賀神社の社殿の兎と波の話をしましたが、その社殿にはもちろん龍も彫られています。
なので、弁財天と龍神の話が一致するように思えてなりません。竹生島の謡曲の一場面です。
その須賀神社の境内に桃の石が置かれてあるのですが、桃の事柄についてはホツマツタエではとても重要です。
よく記紀に書かれているイサナキがイサナミが亡くなった後に会いたくて、黄泉の国に行き、そして恥をかかせた(死体をみられた)と言うことで、醜女におわれて、桃を投げたら逃げ切れた、そこから桃は邪気を祓うなどで良いとされていると聞きましたが、その話からでは無いと私は思います。イサナミ・イサナキはもちろんソサノオの両親ではありますが、もっと前からの話がホツマツタエでは書かれています。
四代アマカミのモモヒナギ・モモヒナミはホツマツタエでは初めての結婚の儀式をした方達で、桃の木を植えて、3年後の三月三日に婚礼をされました。今は三月三日は雛祭りですが、その名残があるそうです。 それまでは結婚と言う形はなかったようです。
話はソサノオとの繋がりですが、
ソサノオは独身でした。なかなか落ち着かなく、素行も悪く、お兄さんの8代アマテル様は気が気でなかったようです。その時代にソサノオが起こしてしまう事件が大事になり、アマテル様は天の岩土に隠れてしまうのですが、細かい内容は色々とホツマツタエには書かれていますが、今は割愛させて頂き、ソサノオは家を出されて放浪者になります。その時の時代にハタレの乱という暴動が起こりますが、ソサノオは兄のアマカミを助けヤマタノオロチを倒し、無事許しを得る訳ですが、アマテル様は彼には家がなく、結婚もしないでいるから落ち着かないんだと言われます。家を持って結婚をして、妻を大切にすれば、良い行いが出来ると言っています。
そして話の始めの桃に戻りますが、ソサノオの改心は、夫婦関係(メオト)を大切にすることなのではないでしょうか?(メ オ トはホツマツタエでは一つ一つの文字が大きな意味があります。)
なので、モモヒナミ、モモヒナギの結婚の重要さを大切にしていらっしゃることで、桃が置かれているのではないかと思います。
後、「西王母が桃」という言葉があります。三千年に一度咲く桃の花の仙女の話があります( 能楽)が西王母はホツマツタエに出てくる方で、ウケステメと言われています。その桃を与えたのが、10代アマカミのニニキネ(水田開発をされて素晴らしい功績を残している方です。)から授かったものだそうです。そちらの時代はもう少し後になります。

長くなりましたが、桃の由来は何処からあるのか?私はソサノオと桃とは、家をもちメオト関係を大切にし、落ち着いて生活することなのではないかと思います。