今日は少し歴史を古代から中世に戻して、鎌倉時代の名残が残っている場所をお伝えします。
昨日からブログに載せた須賀神社の庭続きになっている、海宝寺の中のお墓を通って出ると、赤い階段があり、天然岩がむき出しになっている階段が山に沿ってあるのですが、そこの場所が旗立山です。道を挟んで目の前は葉山では有名な日影茶屋(有名な文豪が泊まっていた旅館)があります。
階段を上っていくと、頂上は平らな所になっており、海と江ノ島と富士さんが美しく見えます。山の下を覗いてみると葉山マリーナがあり、日曜日の朝早くから葉山マーケット日曜朝市が行われています。美味しい地元の野菜やお魚、スイーツが買えますよ。
話を戻して、そこの平らな場所に平清盛の信頼があつかった伊豆国の武将 伊東祐親の墓があります。
源頼朝が、伊豆国で監視されていた時に、伊東祐親の娘八重姫と結婚し、千鶴丸をもうけたのですが、平清盛に伊東祐親は恩義があったので、千鶴丸を殺すという無惨な歴史があります。伊東祐親の弟が源頼朝を逃すのを手伝い、その後北条氏にかくまわれ、北条政子と結婚して、平氏が破れて、伊東祐親は捕まりますが、伊東祐親は、娘婿だったその土地の豪族、三浦義澄に助けられたものの、自害したそうです。そこが三浦氏の山城だった旗立山で、伊東祐親はそこで亡くなっています。もちろん伊豆の伊東市に伊東祐親のお墓はあるようですが、旗立山にも、鎌倉時代の歴史があります。
今は葉山町重要文化財になっています。
この後に書こうと思っている長柄地区では、子供の遊び場となっている、御霊神社の事を書きたいと思いますが古代の歴史のスサノヲと鎌倉時代の源頼朝の時代が交差していて面白い関係が長柄地区では出てきます。
又後ほど書きます。
とりあえず今日はここまで
