オナ禁を始めて、早くも139日目

まさか4ヶ月以上も続くとは、自分でも正直驚いている。しかし、この継続の中で、確信し始めたことがある。

それは、もはや簡単に誰かと「セクリセ」したいとは全く思えなくなった、ということだ。

 

もしセックスをするならば、相手を極めて慎重に選ばなければならないと、強く感じるようになった。

 

少し前まで「早く誰かとセックスしたい」とムラムラと夢見ていた頃が、今では遠い昔のようだ。

 

性欲自体はあるにはある。

 

ただ、ここ最近はまた落ち着いてきている感覚がある。

 

これはきっと周期的なものなのだろうが、今の私には「出したいけど出したくない、せっかく溜めたエネルギーを放出したくない」という、不思議な感覚が宿っている。


 

「性エネルギー」は転換できる! 身体と心の驚くべき変化

 

チベット体操やクンバハカ(呼吸法)を実践し始めてから、この「性エネルギーの転換」というものが、まさに体内で起こっている感覚がある。

 

性欲が落ち着いていると感じるのは、まさにこれらの効果だろう。

 

それ以上に驚くのは、この体調の良さと、日に日に少しずつ上がってくる**「高揚感」**だ。

 

 理由もなく心が満たされ、身体が軽くなったように感じる瞬間が、着実に増えている。

 

もしここで安易にリセットしてしまったら、これら全てを失ってしまうと思うと、到底抜きたいとは思えなくなってしまった。

 

房中術や性エネルギーについて深くリサーチする中で、僕は一層確信を深めた。

 

  精子とは、まさしく貴重な「生命エネルギー」そのものだ。

 

それをむやみやたらに浪費することは、老化を早め、病気を誘発しやすくする。

 

これは紛れもない真実なのではないのか。

 

今もセックスしたいという気持ちはある。

 

だが、心から「好き」になれる女性とのセックスでない限り、もはやしたくないと強く思えるようになった。

 

房中術の教えでは、セックスは「気の交換」が行われる行為だと言われている。

 

交わる相手を間違えれば、悪い「気」をもらってしまい、負の作用が起こるとされるのだ。

 

オナ禁がもたらした「具体的な恩恵」

 

オナ禁を始めてから、私は今のところ一度も風邪をひいていない。

 

体調の良さを日々感じているが、これは明らかに免疫力が上がっている証拠だろう。

 

そして、もう一つ気づいた変化があった。

 

シャワー後のバスタブの栓や、ベッドの上を見ると、抜け毛が驚くほど減っていることに気づいたのだ。

 

これらの変化だけでも、オナ禁がいかに効果が高いかを物語っている。

 

元々、私の性欲は年齢の割には衰えを感じなかった方だ。

 

4年ほどセックスしていなかったとはいえ、オナニーはほとんど毎日、時には1日に2回もする日があった。

 

しかし、もしこのまま定期的に射精を頻繁にし続けていたら、近い将来、老化が加速し、様々な病気や災いをもたらしていたかもしれない。

 

50代後半から60代にかけて男性が様々な病気に罹患する原因は食生活など多岐にわたるが、長年のセックス依存やオナニーライフも、確実にその「引導を早める」要因の一つなのだろう。

 

房中術の様々な文献にも、古くから同じようなことが書かれている。

 

「接して漏らさず」が、未来のパートナーシップを変える

 

今後もしパートナーができ、セックスする機会があるならば、私は必ず**「射精しない房中術」**を取り入れなければならないのではないのかと確信した。

 

東洋の性科学の奥義を記した「タオ性科学」という本は、まさに一読に値する。 

 

江戸時代のベストセラー健康本「養生訓」を書いた貝原益軒も、射精の回数を減らす必要性を説いているが、これは房中術と基本的に同じことを言っている。

 

「接して漏らさず」とは、まさに至言だ。

性エネルギーが転換され、体内で循環し、満ちてきたとしか表現しようのない感覚。

 

このエネルギーの高揚感は、以前から少しずつ感じ始めてはいたものの、まるで階段を昇るように、日ごとに高まっているようだ。

 

そして、3日ほど前から、かつて私を支配していた「早くセックスしたい」といった女性への執着が、一時的かもしれないが、ほとんどなくなった感覚に覆われている。

 

身体と心が、かつてないほど軽くなったような不思議な感覚だ。

 

少し前まであった一時的な気分の落ち込みもなくなった。

 

「クレンジング」されてきたような感覚。

 

今僕がやっていることは、すべてが確実に効果を出しているのだと実感できるようになった。

 

もちろん、性欲にはサイクルがあるだろう。

 

だが、今後の変化が、今から楽しみで仕方がない。