原点
最近、芦原義信さんの名著「街並みの美学」を読んでいて、心に残った部分がありました。
芦原さんが、奥野健男さんの著書から引用した部分で
「原風景」という概念です。
この「原風景」っていうのは、簡単に言うと、作家や芸術家が幼少期・少年期を過ごした風景のことで、これらの「場所の記憶」が無意識に彼らの深層心理に埋め込まれていて、彼らの魂のふるさとになると同時に、彼らの創作活動にも影響を与えるというものです。
確かに、かの安藤忠雄さんも、氏の創作活動の原点は少年期をすごした大阪の長屋であり、その薄暗い室内を思い出すことで、氏の陽だけでなく、建築のもつ陰の部分を強調し、日本古来から受け継がれてきた精神を建築に反映しているとか言っていたような気がします。(間違ってたらごめんなさい)
また、フランク・ロイド・ライトがプレーリーの大平原にこだわったのも、コルビュジェが地中海の真っ青な空と照りつける太陽にこだわったのも、そこらへんからきているんじゃないでしょうか?
でも、最近は、同じような都会で同じような街の風景を見て育ち、同じようなテレビを見て育った世代になりました。
もちろん、自分ももれなくそのうちの一人だと思います。
彼によると、そういうった人たちはどうしても強烈な原風景ないし故郷の風景を持った人とは太刀打ちできないとのことです。
しかし、自分の今までを振り返ってみると、少しだけそういったものがあることに気付きました。
自分は昔3年ほど富山県に住んでたのですが、その頃は家の周りは田んぼだらけで、あぜ道を通りながら帰ってきたことを思い出します。と、いっても富山市だったから、そこまで自然の中でっていう感じではないんだけれども、そういう時期もあったなぁ、とすごい思い出します。
また、小さい頃から、都会育ちで、しかも転勤族だったため一つの場所に留まったことがないので、一軒家と田舎暮らしに強い憧れを持っているのは確かです。小学校の図工の時間で、将来住みたい家を作るって言うのがあったんですけども、そのとき作ったのは純和風の家で、囲炉裏とかついてて、しかも周りが田んぼなり、畑とかそんな感じでした。
こういった、憧れが自分の創作活動の推進力になればと思います。また、今いるネブラスカの風景をできるだけ記憶にとどめ、自分の「原風景」になればと思います。
芦原さんが、奥野健男さんの著書から引用した部分で
「原風景」という概念です。
この「原風景」っていうのは、簡単に言うと、作家や芸術家が幼少期・少年期を過ごした風景のことで、これらの「場所の記憶」が無意識に彼らの深層心理に埋め込まれていて、彼らの魂のふるさとになると同時に、彼らの創作活動にも影響を与えるというものです。
確かに、かの安藤忠雄さんも、氏の創作活動の原点は少年期をすごした大阪の長屋であり、その薄暗い室内を思い出すことで、氏の陽だけでなく、建築のもつ陰の部分を強調し、日本古来から受け継がれてきた精神を建築に反映しているとか言っていたような気がします。(間違ってたらごめんなさい)
また、フランク・ロイド・ライトがプレーリーの大平原にこだわったのも、コルビュジェが地中海の真っ青な空と照りつける太陽にこだわったのも、そこらへんからきているんじゃないでしょうか?
でも、最近は、同じような都会で同じような街の風景を見て育ち、同じようなテレビを見て育った世代になりました。
もちろん、自分ももれなくそのうちの一人だと思います。
彼によると、そういうった人たちはどうしても強烈な原風景ないし故郷の風景を持った人とは太刀打ちできないとのことです。
しかし、自分の今までを振り返ってみると、少しだけそういったものがあることに気付きました。
自分は昔3年ほど富山県に住んでたのですが、その頃は家の周りは田んぼだらけで、あぜ道を通りながら帰ってきたことを思い出します。と、いっても富山市だったから、そこまで自然の中でっていう感じではないんだけれども、そういう時期もあったなぁ、とすごい思い出します。
また、小さい頃から、都会育ちで、しかも転勤族だったため一つの場所に留まったことがないので、一軒家と田舎暮らしに強い憧れを持っているのは確かです。小学校の図工の時間で、将来住みたい家を作るって言うのがあったんですけども、そのとき作ったのは純和風の家で、囲炉裏とかついてて、しかも周りが田んぼなり、畑とかそんな感じでした。
こういった、憧れが自分の創作活動の推進力になればと思います。また、今いるネブラスカの風景をできるだけ記憶にとどめ、自分の「原風景」になればと思います。