攻める建築と守る建築 2
端的にいえば、「攻める建築」とは将来に向かっていく建築であり、「守る建築」とは過去を大事にする建築ということである。ここで問題なのは、建物の新旧ではなくて、その建物の中心に据えられているのが「攻め」か「守り」かということである。20世紀初頭における、モダニズムは「攻め」の姿勢であったといえるし、アーツ・アンド・クラフト運動や新古典主義などは「守り」といえるだろう。
また、上記の例でわかるように、同じ時代にこれら2つの思想が入り混じることもある。なぜならば、これらの姿勢はある意味で対 立しているようで、完全に相反するものではないからである。その例として、2つの姿勢が同時にひとつの建物に現れる場合もある。例えば、稚拙な例で申し訳ないが、環境問題を強く意識した建物がこれにあてはまる。環境を守るということで、昔の自然と共存し恐れ敬った、古代の価値観を再認識し、さらに人類の将来のために「今」の自然を無視した発展という状況を変えてやろうという積極的に将来を見据えた建築となっている。
その、成否はどちらにせよ、これからはこの2つが共存した建物だけが生き残れる時代になると、僕は思う。
また、上記の例でわかるように、同じ時代にこれら2つの思想が入り混じることもある。なぜならば、これらの姿勢はある意味で対 立しているようで、完全に相反するものではないからである。その例として、2つの姿勢が同時にひとつの建物に現れる場合もある。例えば、稚拙な例で申し訳ないが、環境問題を強く意識した建物がこれにあてはまる。環境を守るということで、昔の自然と共存し恐れ敬った、古代の価値観を再認識し、さらに人類の将来のために「今」の自然を無視した発展という状況を変えてやろうという積極的に将来を見据えた建築となっている。
その、成否はどちらにせよ、これからはこの2つが共存した建物だけが生き残れる時代になると、僕は思う。