葉顔は鋭い視線を彩彩へ向けた。
一瞥に肩をすくめる。
『己の過ちに気付く者は良い、だが気付かぬ者達は正だ邪だと騒ぎ立てる。元は正道であって清く正しく生きたくとも正道の中の禍々しさに足を引きずられる者もいよう。傅楼の様に。お前達が正邪を選別する権利はなかった…お前達が魔教の長だと悪意を向ける秋月様は瀕死で行き場のない私を救って下さった。それは正か邪か?』
『それ…は…』
彩彩は返す言葉もなかった。
『葉顔さん…』
『……春花様…もう戻らねば…秋月様が心配されますよ』
『えぇ…あの…葉顔さんは私を守るためについてきてくれたの?もしかしてあの人に頼まれて?』
『…いいえ違います。秋月様は私にはもう何も命じる事はありません…』
彩彩にはその葉顔が見せた一瞬の表情が寂しげに見えた。
『貴女はもう千月洞の洞主でただでさえ忙しいのにごめんなさい。…後は自分でなんとかするから大丈夫』
そう言う春花の言葉に一拍の間を置き葉顔はゆっくりと春花を眺めた。
『そうやって…今度はそこの風彩彩にでも送ってもらいますか?』
『え?』
『いつだってそうです。貴女に手を貸そうとする人は多い。私もつい・・・。秋月様は危険を冒しても春花様を守っていました…何かあればいつでも一番に貴女を優先する。利用する為だと口では言うものの何処か何かが違っておりました。
私は懸念しました。千月の統制が取れなくなるのではないかと。結局はその通りになり雇晩に足元を掬われる羽目になってしまった。あの時でさえ尊主は春花様を庇い大怪我をなさいました』
『・・・』
『内乱が起きていたとは聞いていましたが・・・』
『えぇ私のせいで…いつもあの人が損をするの』
『……』
『…春花さん、貴女が蕭白盟主の幻氷石を持って再び鳳鳴山荘に戻った時の事私分かってるの。あなたの部屋から悲鳴が聞こえたと言って白盟主は騒いでいたけど、様子を見に行った私が見たのは貴方だけではなかった。あの時あの場所には上官秋月もいたでしょう?
なんて大胆不敵で鳳鳴を馬鹿にするつもりかと憤った瞬間もあったけど、ここ八仙府の決戦前、目前の勝利、江湖統一の一手を取らず貴女の手を取った。全てを放棄して。あの時悟りました。あの男は大胆不敵でも鳳鳴を馬鹿にしていたのでもない。ただ、貴女だけ、春花さんだけが目的で敵陣に単身でやってきたのだと』
『……兄上はバカなの…私なんて何の力にもならないのに…』
『春花様…ですが秋月様はいつも。貴女を捕えては希望を叶えて解放し、初めて知る感情に戸惑い嫉妬に狂いながらも…幸せそうでした。それは今も…秋月様から近付く事は許されてはおりませんが…私は』
『分かってる。見守ってくれてるんでしょ?じゃなければ今日だってあんな所で遭遇する筈がないもの。』
『申し訳ありません…差し出がましく見守るなど…』
『いいえ、有難いわ。兄上も分かってる。
私ね、本当は怖いの…』
『怖い…とは…残党の襲撃でしたら心配せずとも…』
葉顔の言葉を遮る
『ううん。そんな事ではないの。私が怖いのは昨日よりも確実に兄上の事が私の中で大切な人になってる事。
もし失ったらどうするの?昨日だって、私を元気にしようとして、包子をわざわざお土産にして…でももしまだその辺りにいる恨みを持った人に遭遇したら?
何も知らずに私は兄上の帰りを呑気に待って…後から葉顔さんに聞くの?』
春花は最悪の想像をするだけで胸が痛み苦しみが湧き上がる
『春花様…では…家出をした訳では…』
『葉顔さん…私が家出をしたと思ってたのね?』
『……』
葉顔は気不味そうに頷いた
『あの人私のせいで功力も内力も失ったのに…自由がきかなくなって抱いて飛ぶ事もできない不便をさせると言って、きっと隠れて昔上官恵にされたみたいな修行をやり直してるんじゃないかと思うの。絶対に努力は見せたくない人なのよ…
でも、飛べないなんてそんなのなんて事ない。わざわざ飛ばなくても2人でゆっくり歩けば良い。一歩一歩…進んで行けたら良いの…私が恐れているのは…あの人がもし私の前から消えたらという事。生きる意味を失くす。それが怖い…』
『……』
『ここで私・・目が覚めたあの時花小蕾としてそのまま目覚めなければ良かったのかしら…』
寝台に横たわったあの日を思い出す。
眠りから醒めた時、微かな白い影が揺れた
『あれが兄上だったなんて・・思わなかった』
そうとは知らずに父を救うために長生果を探し求めて医聖を訪ねてきた蕭白と出会った。
『初めて見た男性が運命の相手だってシステムだって・・だから蕭白だと思ってたのに…』
『え?なんですか?シス…?』
『あ、いえ…何でもないの…夢でね。目覚めて出会った最初の人が運命の相手だって言われて…』
『…夢…ですか?』
彩彩は春花の言葉を素直に受け止めている。
『そう…驚いた…だって最初に見たと思った蕭白は私を医聖殺しの犯人だと思って…』
出合頭にいきなり突き付けられた蕭白の視線とそして鳳鳴刀。
息絶えた医聖に弟子達。惨状に動揺する春花を風掌門は咄嗟に犯人に仕立てようとした。
陥れられ風掌門に刃を向けられた瞬間突如として窓からの風に救われた。
窓の向こうに見える竹林が大きく揺れているハラハラと地に落ちる笹の葉を眺める内春花はあることに気がついた。
『あの時・・・結局あの時も私を救ってくれたのは兄上だったのね…今頃気付いたけど…初めから。此処にきてからずっと…兄上に助けられてたんだわ』
『……信じ難いと言いたいですが…私も何度も目にしていますし…葉顔洞主も実際に救われた過去がある…秋月が情深いというのは恐らく本当なのでしょう。そして春花さんも上官秋月を深く愛しているのですね…』
『……なんだか今になって游絲さんの気持ちが痛いほどよく分かる…守って貰ってばかり、与えて貰ってばかりはもう嫌なの…私だってあの人を守りたいし足枷にはなりたくないから…町にだって1人で出て来れるって証明したかったの』
『……それで歩いて伝奇の境界を?』
『結局は葉顔さんに見つかって連れてきて貰っちゃったけど…』
『貴女はそのままで良いんですよ』
『春花さんはそのままで良いのよ』
同時に同じ言葉を発し葉顔と彩彩は驚きに互いに目を見合わせた。
『あ…2人同時に…どうしたの?気が合っちゃって』
『気が合うというか…冷静な判断よ。天真爛漫で明るくて…食いしん坊だけど機転もきく。それでいて』
『人が良すぎて困る』
葉顔が彩彩の言葉に続いた。
『ど、どう言う事?何?』
『そのままの意味だわ。ね?葉顔洞主』
『……』
葉顔は頷いた
『もう、なんなのよ。あ、そうだ。私…ここに来たら探したいものがあったの…医聖の患者帳。私について書かれたものがあるって白に聞いた事があって…ちょっと探したいのだけど2人とも待ってて!』
突然思い付きで春花は2人を置き去りに行ってしまった
『…ああ言う所も…春花さんらしいですね』
『……』
4へつづく
ちょっと今日はホンイ氏露出多めで興奮しまして、また後から加筆しますです。