清流との婚姻の後、突然里帰りをした雪蘭は父秋月に声をかけた。
『雪蘭か…どうした?里帰りの理由をそろそろ言うつもりになったとか?』
『それは…まだ…それよりも…ちょっと言いにくい事で…』
『なんだ?言いにくいとは』
『……あの…清流のお父様とお母様が話していたんだけど…その…母上って』
『?春花が何か?』
『ううん。良いのやっぱり…あの、それで炎輝は母上に似てるの?』
『?まあ、そうだな…屈託のない感じも、思った瞬間に動く様子も…あとよく食べよく寝る所もそっくりだな…』
『…だからか…』
『なにが「だから」だ?』
『いえ、近頃炎輝が稽古に来ると道場に女子が集まると彩彩先生が心配していて…炎輝は全く相手にしていないけど、魅力を振りまいているって…本人に自覚はないから問題だって言って…』
『何が問題なんだ?魅力はこの父似だろう』
何のてらいもなく発言する。
『それが…冷…じゃなくてお義母様が言うには春花殿に似たのだろうと…あの魔教の頂点にいた父上と正道の頂点の白前盟主のどちらもが母上に夢中になって…冷先生はよく似てると言うのよ…』
『………あんな拗ねたら包子みたいな顔する春花が?心配もなにもないであろう…』
と言いながらも何処か不安のよぎる秋月
『そうよね…でもさっき……あ、いえ何でもないわ』
『なんだ?雪蘭言いかけてやめるな。申せ』
『……』
父が徐々に怒りの感情を募らせるのを初めて感じる雪蘭。これまで穏やかに笑って母春花をからかったりし、ふくれる春花を又愛おしそうに笑っている父しか見た事がなかった。
『雪蘭』
言葉だけで纏う空気が凍るのが分かる程である。
『ち、父上が留守のお昼前、母上と桃雨と散歩をしていたの。そしたら千月洞の…何て名前だったかしら…よ…ヨ…そう、翼星主!その翼星主と散歩中に会ったの。母上に向かって随分と親身になっている言い方だったわ。
この辺をうろついては危ないからダメだって前も注意しただろう?って言ってたから母上は初めて会った人ではない感じだった。
翼星主さんはこの一帯を守ってる警備の方らしくて…』
『………で?』
雪蘭は段々と顔色の変化する秋月に気付き続きを話す事を躊躇い中断した。
『雪蘭…続きを』
『…あ…いえ…』
秋月の心中を推し量るも分からぬままどうすれば良いかと雪蘭は思案する。
『質問を変えよう…今、春花は何処にいる?』
『あ…あのね…悪気はないと思うのだけど多分その翼星主さんは母上を私達の母上と思ってないみたいで…私と桃雨と散歩していたら3人姉弟仲良しだなって言ってて、母上もよく分かってないみたいだった…と言うより、私に気をつける様に言ってたの「よく分からない人に身分を明かすのも良くない、母に任せよ」と母上も翼星主に笑って話を聞くだけで…』
秋月の握った拳が震えている事に気付き益々怖気付く雪蘭。
『……雪蘭。その情景は容易に思い浮かぶ。だが質問の答えが返ってきておらぬぞ』
やや語気を強めた
『………!』
『桃雨をお前が抱いてるという事は春花はどこに?』
『だ、だから…翼星主が…想い人に渡したいからって綺麗な花が咲いている場所を聞いていて…花を贈るなんて素敵だって感動して母上が綺麗な花がある場所を教えるからってそこへ連れて…』
『のこのこよく知らぬ人間について行ったのだな…愚かな妹め』
『いえ、でものこのこついて行ったのは翼星主で、母上はどちらかというと恋しいお相手の事を夢中で聞き込んでいたみたいだった…多分葉顔先生の事だと思ったんじゃないかしら…お相手が小さくて可愛いらしいと言ったら葉顔さんはどちらかと言うと美形だけど?とか私に言ってたから』
『……はぁ…』
秋月は深いため息をついた。
『分かっておらぬな…相変わらず』
『父上…私…思ったんですがもしかして翼星主は母上を…』
『言うな雪蘭』
『え?』
『腹が立って仕方なくなる』
『……』
『あの蕭白でさえ気分が悪かった…あろう事か春花に触れようものなら氷塊をぶつけてやった程だ』
それにより図らずも蕭白に頬を打たれた形となり、偶然通りかかった秦流風の仕業とされた。
『……母上、大丈夫でしょうか…』
『…いい加減覚えて貰わねば…いつでも身の危険が潜んでいると…』
『……』
『まさか誘拐なんて事は…』
『何故そう思うのだ?』
『……目が…』
『目?』
『はい…翼星主の目が…母上しか見ていなかった…私はあの目を見た事があります。私と白盟主の結婚話の時、清流は他の何も見えていない様に私だけを見ていました…そして、白盟主は母上を…』
『…そなたも気付いたか…なかなかの良い目をしておる。目は口ほどに物を言う。相手が何を考えているか分からぬ時は目を見れば良い』
『…はい。白盟主は母上が私を訪ねてきた時、それから冷先生達と語らっている時、母上を見ている白盟主はあの目をしています…それとそっくりな目で翼星主は母上を見つめていました…。白盟主はその中に絶望が見えます、しかし何も知らない翼星主の目は希望に溢れている。もし想いが遂げられぬと分かれば何をするかわからない…逆上し母上を連れて行くやも知れません』
『妹はいつもこの兄を悩ませる……雪蘭、その辺りを少し見てくる。全く葉顔も配下にどういう指導をしているんだ』
秋月が怒りにまかせて戸外へ出た。
『父上、私も行きます』
『いや、お前は桃雨を…ん?』
『ただいま!』
『春花!』
『秋月様、申し訳ありません』
春花と共に葉顔が現れた。
『葉顔!?ならばこの者は…』
その背後に件の青年が立っている。
雪蘭や清流より年は上といった所か、精悍な顔立ちで、あの鳳鳴山荘の蕭白のような爽やかで落ち着いた青年である。
『上官秋月様でございますか!私、父の翼蝶永より星主の跡を継ぎました翼蝶瑶と申します。先程は御息女、御子息とは知らずこの辺りをうろつかないようにと余計な事を申しました。失礼を致しました。』
『あ、ああ…まあよい…で、葉顔お前は何をしておる?』
『それが…秋月様…』
葉顔は事情を説明しようとするが翼蝶瑶が割って入る
『春花殿は御息女ではないと言う事で伺いました。雪蘭様の姉上かと思っていましたが、ご友人なんですね』
『え?雪蘭と?友人?』
春花は目を丸くしている
『友人ではないけれど…あ、いけない。詰んだ花を早く水に浸けなくては…せっかくの花なのに…葉顔さんに見つかったから驚きは半減だろうけど』
2人の噛み合わない会話に周囲は困惑した。
『葉顔!説明を』
『はい。私は最近この翼星主よりこの谷に入り込んでいる者がおると聞き、良からぬものではないかと秋月様がお帰りになった後1人で周辺を見回っておりました…丁度、森との境で春花様とこの翼星主がおりまして…話を聞いた所、春花様が茶を飲もうといきなり…』
『……』
『父上…あの…多分母上は翼星主と葉顔さんの仲を…』
『……はぁ』
秋月は溜息を漏らした
『?どうしたのみんな。早く邸へ入りましょう』
『あ、とんでもございません。ただ、春花殿。これは貴女に…』
蝶瑶は摘んできた花を春花に渡した
春花は驚き、秋月の気が瞬時に尖る
『え??よ、葉顔さんは?』
『葉顔様は洞主です。星主ごときが声を掛けるなど滅相もありません』
『でも、私…花を頂く理由がないわ』
『理由ならあります。春花殿、あなたが花は想い人に渡すと喜ばれると申したではありませんか!』
『秋月様…あの…』
『葉顔…蝶瑶と申したか…何処かで見た気がするが…』
『…はい…あの…申し難いのですが…顧晩の親戚筋に当たります…』
『どうりで…盲目的な行動だと思った…』
秋月は困惑しふためいている春花を一瞥した
『妹よ…そなたには呆れて言葉も出ぬ』
『え?どういう…』
『そうでしたか!秋月様の妹君で?ああ、では身分違いという事に…』
『翼星主、お前は黙ってそこに控えよ』
葉顔の命令に即座に従うように翼星主は膝を曲げる。
『良い…撒いた種だ…妹よ。きちんと芽を刈り取れ…兄の目の前でな』
秋月から静かなる怒りの感情、冷たい波動が周囲に広がって行く。
晴天に霹靂が飛ぶ2へつづく