春の庭は開放され時折冷たい風が邸内を駆け巡る。
『あのさ、妃宮様。。』
『ファン君?』
『あー、、えっと…こないだシンに電話かけさせたの俺。最近発掘した新人女優…まぁけど…ごめんな。知らなくて。そんな事になってるとは…ただ本当にアイツ…シンが元気なかったのは気になったからさ。』
非礼を詫びに来たシンの友人にチェギョンは微笑んだ。
『…私が居なくても。シン君には大事な友達もいるし。大丈夫かと思ってた』
『なになに?シンの話?』
ギョンとインもやって来る。
『そうそう、妃宮様がマカオに立ってから暫く公務とか頑張ってたけど…たまに会うと思い詰めててさ…インやギョンは大学生とは言え家業が忙しいし。俺は家継がないから好きな映画ばっかりでさ。なんか申し訳なくてシンに…元気付けようとしたら失敗しちゃってさ。。っつか、妃宮、ほらコレも食べろよ妊婦だろ』
ファンはテーブルのフルーツを大量に取りチェギョンの前に置く。
『うん、、うーん…ありがと。。。ゔぇ』
『気分悪いのか?これがうわさの【つわり】か?…ちょっと…カメラ回していい?』
ファンはカメラを持ちかえる。
『ファン!シンから見つかったら怒られるぞ』
『何を話してるんだ?コソコソと!あ、ファンおまえ又チェギョンにカメラ向けて!』
『仕方ないだろ?俺たちの未知の世界だぜ?【つわり】なんてさ。ほら、見ろよ。このフルーツをさ…』
『う、、、ゔぅ…』
『な、なんだ?シンどした?』
様子のおかしくなった友人にファンもギョンも狼狽えた。
『え?シン?』
『シン君?又なの?』
『ああ、コレもだめだ…胃がムカムカする』
『私も今…ゔぅ、、』
『なんだよ2人とも?集団食中毒か?は?』
『殿下…妃宮様、薬湯をお持ちしますか?』
内官は素早くシンとチェギョンに駆け寄る。
『いや、大丈夫だ。最近は特に酷いが…それよりチェギョンに。水を頼む。これは、おれが責任もってアレしてくるからな。待ってろよ』
『何だよそれ。2人してどうしたんだ?』
『殿下は恐らく、男悪阻でございます。医師の診断によると身体はいたって健康ですので…妃宮様の医師によると仲睦まじい夫婦には稀に妻の悪阻が伝心してしまうそうで…』
内官はシンの友人達に親切にも得意げに説明を始めた。
『えー!男づわり?シン妊娠してんの?』
『おまえはバカか!妃宮の悪阻がシンにも感染ったって言う事だろ』
『なんだそれ!で?シンは何処に行ったんだ?』
『……あー。。あの。多分フルーツを…ジューサーにかけて…私が今あまり食べられないから』
『………氷の皇太子イ・シンと呼ばれた男が妻の為に自らフルーツをジューサーに?』
『うん…』
『変わったなぁ…まじかよ』
胸の奥がくすぐったい気になる。
『あ、そうだギョン君ありがとう。飛行機の冊子見たけど……知らなかった。。ガンヒョンの事本気だったの?』
無言で頷く。
『いつの間に?』
当のガンヒョン達はヒョリンも交えて何やら盛り上がっている。
『……うん。なんて言うか…妃宮がマカオに行ってから元気がないんだ。凄く心配してて。今までは学校で様子を知れたけど離れていたらチェギョンがもし泣いていても何もしてやれないって…』
『ガンヒョン…』
『ああ、この子は優しいんだなあと思って、こっちもシンの元気ない話とかしてたら、今度は怒って。チェギョンはずっと元気なかったんだからシンは別にずっと元気なくしとけばいいって…俺ちょっと感動して。。あの時はどうだったとかお前達の話を擦り合わせてたらさ、突然『何なの?チェギョンの事ずっと前から好きだったみたいじゃない?』て2人で気付いて…そしたら泣いたんだよガンヒョン。なんかそれ見たらこっちまで泣きたくなって…いや正しくはこっちのが大泣きして。。慰めてくれて…なんか、そうなって…』
『あー、慰めからのソレね?あーありがちありがち』
ファンはカメラを回している。
『ずっと守りたいなって思ってさぁ…そしたら何ができるかなって。まずはガンヒョンが安心するように考えて何をすれば彼女の心配や不安がなくなるんだ?って。シンに冊子の話を持ちかけたら…ありがとうって…なんか。シンが俺にありがとうなんていうのも泣けてきてさ。』
『泣いてばっかだな』
『でも、それにはガンヒョンの了解もとらなきゃならなくて、、ガンヒョン俺には冷たいから…でも、逆に喜んでくれて。私の大事な人を大事にしてくれるのは素直に嬉しいんだって…初めて褒められて…』
『泣いたんだろ?』
インが合いの手の様に口を挟む。
『ああ、そうだよ。なんか心がざわついて落ち着かない毎日が始まって、今何をしてるか誰といるか心配したり気にしたり。自分が自分じゃないみたいで苦痛だったし、なのに笑顔1つで身体が熱くなる。病気かと思ってさぁ、、でもそれをシンとの冊子の打ち合わせで相談したら笑ってさ、自分もそうだったから分かるって。
それ聞いた時に、だからシンは妃宮にやたらイライラしてたんだなって思う所もあって。じゃあもうその話を冊子に載せるって感じで出来たんだアレ』
『…ちょっとごめん。泣きそうになる。
あの冊子ね、タイの空港で読みましたって励まされたの。昨日陛下の部屋で読ませてもらって。。シン君や私の為にこんな風に動いてくれる友人がいて…シン君の事。大事にしてくれてありがとうございます。本当に…』
『妃宮の事も大事だぜ?』
『そんな事言われたら涙出るじゃない…もー』
『まぁでもさ、自覚した方がいいぞ。シンには俺たちがいるから大丈夫かと思ったなんてさ、シンが可哀想だぜ?』
『え?』
『初めはシンをライバルみたいに感じてたよな?俺たち3人』
『そうなの?』
『うん。金では買えないからなあの地位は…打算もあったな親にも言われてたし。一緒にいれば箔はつくし?まぁだけど付き合っていくと窮屈に生きてて、勿論俺たちもだけど、シンのそれとは大きな違いがあるだろ?未来は自分の物にできる俺たちと、全てが宮家に掌握されてるシンと』
『そういう意味では優越感だったかな。俺たち。映画を撮るのもそうだけど…誰かと付き合ったりするのも』
インは女達と談笑して楽しげなヒョリンに目を向けた。男達は一斉に振り向くと頷いた。
『大変だったと思う。。心を凍らせなければ生きていけない世界だからな。夢見る事叶わず…知らない女と添い遂げるなんて…』
『それが…あんな風になるとは…まぁ、だけどやっぱり俺たちから見てもヒョリンの事は…恋未満だったんじゃないかと思った。ガンヒョンとそうなったから思うんだけどさ。』
『そうだな。宮家への反発もあったし、気の置けない仲間内だし?だってもしチェギョンがしょっちゅう俺たちといたらあんな顔して向かってくるだろ?絶対』
フルーツジュース片手にこちらに向かって猛然と突き進んでくるシンを見て皆は笑った
『俺たちこそ。なんかありがとう。。ってなんか変だけど…シンを窒息寸前で救ってくれてホッとしてる。』
『……そんな…そんな風に言ってもらったら…』
胸に込み上げるものを抑え込む事が出来ず、チェギョンの瞳から雫が溢れ出た。
あまりにその涙は美しく男達は言葉を失う。
『何泣かせてるんだ?おい!ファンおまえ又カメラ回して…』
『これは将来のためのドキュメンタリードラマだから皇室のための!邪魔するなよ』
『なんだよドキュメンタリーて。』
『いや、俺だってシンの為に何かしたいし?いつか【宮】ってドキュメンタリードラマ作ろうかと…ほら、おまえ達が連理の枝で比翼の鳥だって話にするからさ』
『許可する訳ないだろ!じゃあなんでチェギョン泣いてるんだ?インが泣かせたのか?チェギョン?』
『いや、おまえだよ。殿下』
インが笑いだした。
『別に…いじめられた訳じゃないわ。大丈夫。昔話よ…』
『……それにしてもさ、ガンヒョンの両親にも一応飛行機の冊子とは言え顔も映るし、挨拶に行ったけど、、あれなんか緊張するよな?』
『え!もう挨拶までしたの?』
『いや結婚とかではないけどな…でも今のその先がそうなれば良いなとは考えてるし…』
『何それ?聞いてない私…』
フルーツを取りに来たガンヒョンが立っていた。
『ガンヒョン!!』
『…まぁ、言ってないしな。これからずっと一緒にいたいのはガンヒョンしか…いないし』
『何でわかるのよ?これから別の人に出会うかも知れないでしょ?』
『わかる。だって…俺の白鳥だから!』
『…意味わからない!』
『でもさ、彼女の両親て緊張感半端ないよな。。シンはチェギョンの実家に行ってたろ?冊子の打ち合わせで電話したら義実家だって言ってたの聞いてすごいなと…』
『え??』
シンは舌打ちをしギョンに威嚇する。
『え?内緒?マジで?あ、ごめん…』
『どういう事?』
『あー。なんていうか…まぁ…娘がマカオに行った後のお前の両親も心配だったし…それに、安心して貰いたかったし…正式にきちんと。。結婚したいと…許して貰いに。。』
『シン君…』
『チェギョンは愛されてるって母さん言ってたけど…父さんは寂しそうにしてたよ。な?兄上』
『チェジュン!何してたの居なくなってたけど…勝手に邸内うろつかないでよ』
『いやぁ、尚宮さんは怖いけど、女官のパンさん綺麗だよなって思って…ちょっとナンパしに…忙しいってフラれちゃったけどさ。面白そうな話してるから…いやぁ、あの日はびっくりしたね。急に内官のじいちゃんが来て、今から殿下がお見えになりますってさあ。お母さんもお父さんも鍋頭にかぶったり、おたま持って臨戦態勢だったのに…』
『なんでだよ!妃宮の家って弾けてんなぁ』
『それが一般庶民よ!』
『まぁ、国外追放された娘が不憫で毎日沈んでたからな…でも、兄上は「今から、チェギョンのいるマカオに立ちます。祖父の約束ではなく。。正式に結婚させて頂きたくお許しを頂きに来ました」って言ってた』
『き、聞いてたのか?』
『うちはどこからでも覗けるし盗み聞きできるのが良いところなんだ』
チェジュンは得意満面で腕を組む。
『な?言ったろ?妃宮様は案外めちゃくちゃ大事にされてるから!だからドキュメンタリードラマ撮らせてくれ』
『だからなんだよさっきから!ドキュメンタリードラマって』
『俺出たい!』
暇を持て余したチェジュンが参加表明をする。
『おー!妃宮の弟よ!よし!出してやる。弟役で!』
『やだよ!それノンフィクションじゃんトレンディー希望なんだけど』
『だからドキュメンタリーだっつってるじゃないか』
『おいおい…』
東宮殿の春の宴は幸せに包まれていた。
ただ一つ、この幸福な瞬間にチェギョンの心には1つの鈍い痛みが走っていた。シンはそっと手を握るとチェギョンに囁いた
『心配するな…分かってるから…』
チェギョンは言葉もなく頷いた
その後22へ続く