歌の翼にのせてみなさま、こんにちは。
9月22日、土曜日、午後。
午前中いっぱい辺津宮を堪能して
お昼は、船着き場近くの「割烹旅館 高嘉(たかよし)」さんで美味しい鯛茶漬けを頂き、
神湊(こうのみなと)からフェリーで大島へ。
船が島に着くと早速、湍津姫神(たぎつひめ)様のおわす、中津宮へ向かいます。
大島は人も住んでいますし、旅館や市の観光スポット、釣りなどが楽しめる施設もあります。
が、島自体がとても清らかな感じがするのは、姫神様のご神気なのでしょうね。
鳥居を目の前にして、ますます清々とした佇まい。
さ、修業です!修業!
姫神様に逢いに石段を上がります。がんばれ~♪
石段には銀杏の実がたくさん落ちていて、秋を実感。
「すごい匂いだよね~。」
「拾って帰ろうか。」
「美味しいんだよね~銀杏。」
「干さなくちゃだけどね。」
「なんでこんなにくさいのに、干して焼くと、あんなに美味しいんだろうね~?」
なーんて、おしゃべりをしながら、一歩ずつ湍津姫様の元へ近づいていきます。
もうすぐ、中津宮本殿という石段の途中、左側に踊り場のような、社務所に続いている感じの場所があって。
そこで、氏子であろう美しいお姉さまに声をかけられました。
銀杏話をしながら石段を上がってきたのを聞いてらしたのでしょう。
「宮司さんにね、ここをお掃除する代わりに、銀杏持って帰って良いですよ。ってお許しを頂いてるの。」
足元には、笊いっぱいの実たち。
「大きい立派な実ですね~。」
等と話に花を咲かせていたら、突然
「一日(10/1)に来れば良かったのに。」
本当に惜しい!って感じで話しかけるんだもの。
え!?
「みあれ祭が来週あるのよ。沖津宮のお神輿が来ているわよ。」
わー!それは嬉しいです。
そして、師匠ひろあきさんに向かって
「ぜひ、沖津宮に行って。私たちはね...行けないから。」とおっしゃる。
(沖津宮は女人禁制なので。)
師匠はもちろん「行きたいですよ~。」
そこへ偶然、出かけようとされた私服姿の宮司さんが、石段を下りてらっしゃった。
宮司さんのお顔など、もちろん、私たちは知る由もなく
その氏子のお姉さんが
「あ!宮司さんよ。5月の沖津宮大祭にね....」
と、呼び止めて話してくださり、年にたった一度の沖津宮参拝の方法を師匠に教えてくださいました。
10月のみあれ祭のことも沖津宮大祭のことも、事前に、そこまで知識を詰め込んで来た私達じゃなかったので、このめぐり逢いに、びっくり喜びました。
(だって、知ってたら今回きっと、秋の大祭に合わせて旅してたでしょう。)
私は、神様のお導きだと思いました。
お姉さんはあの時、眷属さんの化身になられてたのよ、きっと。
姫神様が彼女に降ろして、私たちに語ってくださったの。
みあれ祭と高宮神奈備祭の映像はこちらを。
「神宿る島 沖ノ島2/2(日本語版)」
嬉しい楽しいお話のあと、さらに石段をあがり......。
社殿の頭が見えた瞬間。
まさにこの目線。
「わぁ~!!!!」
私は思わず、叫んでしまいました。
もう目がハート。
きっと、私の表情がパッと明るくなったと思います。
お礼と祝詞を捧げ、しばし佇む。
辺津宮のあでやかさ華やかさとは、また違う、清楚で聡明な輝き。
心の中で、ラブラブビーム炸裂発射!
気づけば「私、ここに住みたい!」とつぶやいて、師匠に笑われました。
師匠は師匠で「拝殿に上がり込んで、御簾の近くで祝詞をあげたい!」と。
(宮司さんにお願いしたら「良いよ」と言われそうな感じもしましたが。
次回チャレンジしてくだされ。)
姫様~!ありがとうです、嬉しいです。お逢いできて光栄でございます。
そして、御簾の向こう側では、
沖津宮の田心姫(たごりひめ)様が、遊びに来ていらっしゃるようでした。
姫神様達の、華やかなおしゃべりが聴こえてくるようで。
姫様たちも、きっと...みあれ祭を楽しみにしてらっしゃるのでしょうね。
そんな感じがいたしました。
市杵島姫神さまもいらしていたような。
福岡県内にいる二日間、ずっと市杵島姫様がいてくださったような。
中津宮には「天真名井(あめのまない)」と名付けられた、真清水の湧く場所があるとのことで、行ってみました。
下ってゆくと、どんどん空気が変わっていきます。
水辺特有の、あの澄んだ感じ。
みなさん、ここのお水を汲んで行かれるのでしょうね。
柄杓の他に、じょうごも置かれていました。
写真の通り、鉄分の多い清水の様で赤っぽくなっています。
ここはとても清らかで、居るだけで浄化のシャワーを浴び続けられるような、そんな感じ。
湧き出て、流れる小川の名前は「天の川」
そう、この中津宮は、日本での七夕伝説発祥の地とも伝えられていて、旧暦8月7日には、島をあげての七夕祭が斎行されているのです。
社内には、天の川を挟んで(道路も挟んでだけど)
牽牛神社は、その石段がもろくなっているらしく通行止となっていました。
島を散策すべく、中津宮を後に。
鳥居の先は海。
海辺の道から海面を見おろす。
澄んだ海水には、たくさんのトラフグ!が泳いでいました。
銀杏に続き、またしても、
「フグ、食べたくなっちゃったねー。」
「毒に当たると大変だけど。」
「なんか、調理師試験もゆるくなるらしーじゃん。大丈夫かな?」
「まーね。でも、美味しいフグ食べて死んじゃうなら、それも本望かも。」
いやはや、食べ物の話は盛り上がりますな。
散策した後は、もう一度行きたくて中津宮へ。
本殿前のベンチに座って、お堂が閉まる16時過ぎまで、宮司さん達が閉める準備を始めるまで、ずっと飽かずに眺めておりました。
今回も長々とお読みくださり、ありがとうござます。
最後に、私が書くまでもないのですが。
私の覚書のためにも。
「誓約(うけい)」(のちょっと前から。)
伊邪那岐命(イザナギ)が「筑紫の日向の小戸の橘の檍原(つくしのひむかのをどのあはぎはら)」で禊祓を行うと、数々の神がうまれ、その最後に、天照御大神(アマテラス)、月読命(つくよみ)、建速須佐之男命(スサノオ)の三貴神が生まれました。
イザナギは、アマテラスには高天原を、月読には夜の世界を、スサノオには海原を、それぞれ治めるように委任しますが、スサノオ様だけは言うことを聞かず、泣いてばかりいます。
理由を尋ねると、
「母(伊邪那美命)のいる根の堅洲国(ねのかたすくに)に行きたいのです。」
*根の堅洲国とは、黄泉、死の世界です。
怒ったイザナギは、スサノオを追放してしまいます。
それならば、姉であるアマテラスに事情を申し上げてからお暇しようと高天原に向かいます。
(愁傷じゃん!)
が、弟が国を奪いに来たと勘違いしたアマテラスは、戦支度をして待ち迎えるのです。
「決して、邪心はありません。母上の国に行きたいと申し上げたら、父に追放されましたから、お暇乞いをするためにまいりました。決して謀反など考えてもいません。」
と、スサノオは申すのですが、アマテラスは
「どうやって、邪心の無い潔白を証明するのだ。」と詰め寄ります。
そこで二人は、ある方法で神にお伺いを立て、誓約をすることにしました。
(要は、占いです。)
それは、お互いに神産みをすることでした。
アマテラスが女の子を、スサノオが男の子を産んだならば、スサノオの身の潔白を証明するというものでした。
まずは、アマテラスがスサノオの十挙の剣(とかちのつるぎ)を三つに折り、天真名井で振りすすぎ、口に入れて噛み砕き、霧を吹きだしました。
すると、その霧の中から、三人の女神が生まれました。これが、宗像三女神です。
次に、スサノオは、アマテラスの八坂の勾玉を天真名井で振りすすぎ、口に入れて噛み砕き、霧を吹きだしました。
すると、その霧の中から、五人の男神が生まれました。
それぞれの持ち物から生まれたのだから、「三女神はスサノオの子、五男神はアマテラスの子」とアマテラスが宣言をします。
(つづく。)
関連記事
「辺津宮、宗像大社~福岡へ、第一章」
「女神さまに逢いに~福岡へ、序章」
Sono felice.☆Francesca_yoko