漁書の刃〜無限購入編〜



竈門炭次郎「はあ…何度来ても都会にはやっぱり慣れないなあ…」
竈門禰豆子「むむう…(浅草に比べれば、だいぶ静かな町だけどね)」
炭「しっかし今度の鎹烏の指示はひどく大雑把だよなあ…「南ー南の方のー、鳥の名前のついた古書店に行けー‼︎」って、何も教えてくれてないのと同じだよ」
禰「むう(兄ちゃん、それ烏じゃなくて雀…善逸さんの)」



炭「いつの間にか品川宿も過ぎちゃったし。こっからさらに南なんてもう江戸じゃないぞ…」
禰「むうむ(×田区民に対して失礼よ兄ちゃん)」
炭「鳥の名前がついた古本屋って…」
禰「んむう(にわとり文庫ってお店あるけどあれは西荻だから、今回とは正反対なのよね)」


……

禰「んむっ!(「あのお店見て!)」
炭「え…?…あ!…」


炭「本屋だ! しかも鳥が屋号に入ってる! なんて読むのか分からないけど‼︎」
烏「ここだー‼︎ 今回は鬼退治ではないー、気楽にのぞめー‼︎」
炭「なんで俺たちが古本屋に行くのかそもそも不思議なんだけど、これも一応任務なんだよな…」
禰「むう…(あたしたちの田舎じゃ、一日かけて町に降りないと本屋さんなんて無かったし…)」


炭「この店で間違いなさそうだ…とにかく入ってみよう…中に鬼がいないことを祈って」


炭「あ…⁈(あの帳場にいる人…どこかで見たような…)」
禰(すごく綺麗な人……髪の色が金色…異人さんかな…)


ヴァイオレット「いらっしゃいませ…竈門炭次郎さま、竈門禰豆子さまですね」
炭「は、はじめまして…」
ヴ「お初にお目にかかります。お客様がお望みなら何処でも駆けつけます…古本買取の、ヴァイオレット・エヴァーガーデンです」



炭「ヴァイオレットさん⁈ お仕事、手紙の代筆じゃなかったんですかあ⁈‼︎」
ヴ「今だけはなぜか古本屋店主ということになってます…
ヴ「お気になさらないでください。これも依頼人である旦那様からの要望なのです」
炭「そうなんですか…しかし大変ですね」
ヴ「お気になさらず。今回の旦那様、要するにこのブログを書いている管理人が私たちのキャラを勝手に変えているだけのことですので」
禰(でなきゃ私たちが古本屋なんかに来る理由もないわよねそりゃ)
炭「そもそも新聞すら読んだことのない俺たちが書店なんかに何で呼び出されるのかと…」
ヴ「旦那様が今年一年で入手した古本の中でも、特に逸品と勝手に思ってらっしゃるものを私たちがこの場でプレゼンするのが、今回の私どもに課された依頼です」
禰「んむむう(そんなの自分ですればいいじゃない)」
炭「俺たちが選ばれたのは、なんか理由が…?」
ヴ「深い理由などありません。今年2020年に大ヒットしたキャラの名前を使えば、この閑古鳥であるブログのアクセス数が大幅に増えるだろうという、非常に浅薄極まる理由です」
炭「それだけですか⁈」
ヴ「旦那様は、一見頭が良く理知的に見える方ですが、実際は何事についても深く物を考えるということができない、見掛け倒しの人間ですので…いかにも彼の考えそうなことです」
炭「一応、依頼人てことは顧客なんですよね…?」
ヴ「そもそも報酬もいただいてませんので、無理に褒める必要はありません」
ヴ「既にここまでの時点でかなりダラダラと記事が長くなってますので、後は巻いて行きます」


小島信夫『別れる理由』(講談社) 全3巻揃: 吉祥寺・よみた屋 計330円

炭「これが掘り出し物、ですか?」
ヴ「通常、この作品は3冊揃いで入手しようとすると最低でも5000円は必要になるのが相場ですので…」
禰「んんむう!(それは確かに安い!)」
ヴ「函は汚れ気味ですが帯も付いて、千石英世氏による挟み込み解説も欠けてませんのでこれは掘り出し物です」
炭「帯の紹介文読んでも、筋がまるで分からないんですが…」
ヴ「買った旦那様本人も分かってませんよ。そもそも読み切ることもできるかどうか」
炭「それでも買うんですか」
ヴ「あなた方鬼殺隊士も「最近鬼に遭遇しないから日輪刀持たなくてもいいかー」とはなりませんよね。いつかは必要になるのだから当然手元に置いておくべきなのです」
炭「そういう理屈ですか?」
ヴ「これも旦那様が言わせてることです」
禰(この人、実は自分の言いたいこと言ってない…?)


ジェラール・ジュネット『物語のディスクール 方法論の試み』(水声社): 神保町・一誠堂書店 330円

ヴ「フランスを代表する文学研究者による、記号論的読解の代表作だそうです。これも版元では絶版、やはり1000円以下で入手するのはよほどの幸運でもなければ至難の業です」
炭「旦那様って、難しい本ばかり買う人なんですね」
ヴ「先ほども申し上げたでしょう、実際にはひどく思慮の浅いヤツですから単にネットでの情報で相場の価値を知って飛びついただけのことです」
炭「なんか…怒ってます…?」
ヴ「私も胡蝶さまと同じ匂いがしますでしょうか?」
禰「うむう(なんか鉄っぽい匂いするわねこの人)」
ヴ「たぶん義手の匂いでしょう」
炭「禰豆子、それを言うな!」


世界の文学『ドノソ 夜のみだらな鳥』(集英社): 神保町・三茶書房 550円

ヴ「旦那様、実はこれは二冊目の購入です」
炭「ああ分かります、保存用と布教用ってやつですね」
ヴ「いいえ、最初に買ったものは帯がついてなかったそうで、今回は帯付だったので悔しくなって再度買ってしまったということでした」
炭「帯のある無しってそんなに重要なんですか」
ヴ「買取の段になると重要です。やはり新品に近い状態の方が買取価格も高いですので」
禰「んむうむ(確かに「鬼滅」も帯付初版だと買取高いもんね)」
ヴ「しかし、一億部も売れると希少価値皆無ですから一年もすればただでも引き取って貰えなくなるでしょうけど」


炭「禰豆子! 怒るな‼︎ ダメだ‼︎‼︎」


坂口尚『12色物語』(講談社漫画文庫): 地元ブックオフ 270円

禰「むむうー(あ、これは…)」
炭「坂口さんの…」
ヴ「名作ですね。「石の花」などの大作で有名な漫画家ですが、本来の叙情的で繊細な作風の集大成とも言える傑作短編集です」
炭「アニメーター出身の方でしたね。手塚治虫さんの弟子で」
禰「むうむう(チャージマン研の作画もやってるのよね)」
炭「その名前は出さない方がいいと思うよ、禰豆子…」
ヴ「これも旦那様は初版の2巻本を既に持っているのですが、文庫版は未入手だったようです
ヴ「初版より後にでた文庫版の方が相場は高いのです」
炭「安く部数も多い文庫の方が値上がりするんですか?」
ヴ「古書の世界で往々にしてあることです。かつては文庫本は古典作品を安価に幅広い読者に手渡す目的で普及した判型でした…しかしいまや文庫の方が消耗品で、すぐに流通から消えてしまいます。それでこういう本末転倒な逆転現象が起こります」
炭「それにしても…なんか、こうして古書のことを饒舌に語るヴァイオレットさん見てるとなんか…別のラノベの主人公に似てるなって、不思議ですけど、思っちゃいます…」
ヴ「ああ、北枕で古書店を営んでらっしゃるうら若き美女の…」
炭「それを言うなら「北鎌倉」ですから‼︎ それだと死んじゃってますから‼︎!」
ヴ「私が死んでも、代わりはいるもの…」
炭「しれっと四半世紀前の人気キャラに成り代わらないでください」
禰(来年また新作で登場するけど、今度はあの娘の生存ルートあるのかしら…)
ヴ「でも、旦那様ダブりでも持っておきたいという理由が何となく分かる気がするのです」
炭「俺たちを生み出した絵描きさんたちの大先輩ですしね…」
ヴ「若くして亡くなられましたが、こうした先輩方の努力の積み重ねの果てに、私たちもこうして命を獲得しているのですから…」

……

ヴ「炭治郎さま、禰豆子さま。任務、お疲れ様でした」
炭「ヴァイオレットさんだけじゃなく、俺たちもしっかりキャラ変させられてましたね…」
禰「んむむー(はーこれで今年一年の仕事納めだー)」
ヴ「お互い、今年は多忙を極めましたね」
炭「俺たちいったい、何回骨折したことか…」
禰「むむう(煉獄さんなんて何回×されたことか…)」
ヴ「私も今年は、何度も海に飛び込むはめになって…」
炭「それにしても俺たちの跳躍力と回復力、鬼に劣らないですけど」
ヴ「二次元キャラですから」
炭「でも……画面の外では、今でもわけの分からない病原菌との闘いが続いていて…」
禰「んん…(私たちの闘いは終わっても、みんなの闘いはまだ終わりが見えない…)」
ヴ「この一年、私たちは余りに多くのものを、失いました…」
炭「でも……失っても失っても、俺たちはやっぱり生きていくしかない、から……」
ヴ「私も言われました…生きて、生きて、生き抜け、と」

ヴ「旦那様が、はたから見たらただのバカじゃないかと思うくらい古書というものに惹かれる理由も、少し分かってきたような気がします」
炭「そうなんですか?」
ヴ「古書というのは性格上、その殆どは既にこの世にいない人々の言葉が詰まったものです…長年手紙を書いてきて思うのは、書物というのも先人が未来の読者、けして会うことができない友に宛てて記した手紙のようなものではないかと…」
炭「手紙…」
ヴ「会うことはできなくても、言葉とは対話することができます。私たちは古代ギリシャの哲人や、アウシュヴィッツの死者たちとも書物という場で友人になることができるのではないでしょうか…」
禰「むう(そして、私たちは友人たちの言葉に励まされる)」
ヴ「書物とは、生ける者と死せる者との侵し難い出会いの場所なのでしょう、きっと」
炭「その言葉を力にして、俺たちは…」
ヴ「…生きて、生きて…」
禰「生きていく、これからも…」
炭「……禰豆、子……⁈……」

ヴ「さあ、今年最後のお仕事、重ねてお疲れ様でした。本日は大晦日ですので、これから慣例に倣って年越し蕎麦をいただきましょうか…いや、お二人の場合はうどんの方が良いでしょう…」
炭「それって、もしかして…」
ヴ「ええ、あの浅草の山かけうどんで年越、というのは如何でしょうか」
炭「行きましょう‼︎」
禰「今度は私もちゃんと食べるよ‼︎」




(長々となりましたが、お疲れ様でした。皆さまにおかれましてもどうぞ良いお年を)