人生の日曜日、あるいは積ん読の山に迷いて-CA3G061000010001.jpg

岡崎武志『古本極楽ガイド』ちくま文庫(2003年)
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この人の文章を、いったいいつ、どこで最初に知ったのだろう。たぶん、毎日新聞社が毎年発行している神保町古書店紹介のムックじゃなかったかしら。そこから、この人が古本をテーマに何冊も本を出しているライターだと知り、読むようになったのだろう。

岡崎さんは自らを「均一小僧」と呼んでいる。つまり、古本屋では店頭の廉価本ばかりを買っているから、という自嘲の意味合いも含んだ呼び名なのだが、それを知ったとき、こちらは驚き、また嬉しくなってしまった。
「なんだ、自分と同じ買い方をずっと前からしてる人がいたんじゃん!」(笑)

今より病気が重く、働けなかった頃の自分には、定価で本を買うなんて夢のまた夢で(今もあまり変わらないけど)、それこそ図書館で借りるか、買うにしたって105円や3冊100円の本しか買えなかったのだ。当時の自分には、それすらほぼ唯一の息抜きだった。
「こんなことしてるのは自分ひとりぐらいか」と、息抜きのはずなのに買えばまた鬱屈する、という精神的な悪循環に陥りかけていた自分にとって、岡崎さんの古書購入法を知った事は(大げさだが)ある種の救いであった。「そうか、こうやって楽しむの、アリなんだ」…

勿論、共通してるのは「均一を見逃さない」という一点だけで(笑)、積み重ねてきた読書量や質の高さは(言うも愚かだが)当然、到底この人にはかなわない。

大阪出身の方なので?文章も吉本や上方落語ノリの笑いを随所に散りばめた、至って敷居の低い読みやすいものなのだけど、やはりここという所で見識が光っている。

「大学院生でドストエフスキーの名前さえ知らないというのは、酸素は目に見えないからこの世には存在しないというのと同じだろう。少なくとも私の若い頃、作家の名を知らないことは恥だった」
「昨今のベストセラー事情はまさしく「ほかの皆さんも買ってらっしゃいます」状態なのだ…五十万、百万人が買うのは「話題」ということになる。だから、彼らは読者ではなく「消費者」にすぎない、…」
「本は中身だけじゃない。そこに刻印された外側の情報や意匠、手触りまでをまるごと味わい尽くすことで記憶に残るのだ。「昔の晶文社の本にまかれたビニールって、よく隣りの本にくっついたよなあ」「稲垣足穂、工作舎の『人間人形時代』には、本の真ん中に穴が開いてたよね」なんて話が通じなくなったとき、「文学」や「読書」という言葉は死ぬ」