ギリシャ出身の作曲家、イアニス・クセナキス Iannis Xenakis(1922-2001)。
ある時期まで、彼の肖像写真は顔の右側を写したものしかなかった。
第二次世界大戦、そしてその後のギリシャ内戦の間、クセナキスは一貫して反体制左翼として武力闘争に参加し、戦車に火炎瓶で抵抗していた。
彼の伝記を書いた作家は語る。
「彼[クセナキス]も、死んだ仲間に対する罪の意識を感じていた。彼は[顔の]傷を無くす整形手術を拒んだ…彼にとって傷はいわば御守りだった…」
実際、彼の顔の左頬は窪み、大きな傷痕が残っていた。
負傷そのものは不幸な偶然以外の何物でもなかったが、生涯その傷口を負い続けたことは、明らかにその傷の持ち主の、明確な意志の表明だった。
デモ行進の、リズミカルなスローガンが砲声によって散り、凄まじい混乱に雲散霧消してゆく--リズムから無秩序へと至る自然の法則を作曲家は追求し、「悲しく、荒々しい声」「地球の裂ける音」(作曲家の妻、フランソワーズによる形容)としか呼べない、巨大な音響を生み出した。
彼の最高傑作ともされる大作「ペルセポリス」などの、凄惨なノイズの氾濫も、いわば「戦争を超える音」を明晰な理性によって築き上げる試みだったのかも知れない。
それもまた「戦争に抗する音楽」なのだ、恐らくは。
傷口を担い続けた男の産んだ作品は、今もって益々若い世代の関心を惹きつけて止まない。
「何も無いことを知りながら、人は生きつづける…」(クセナキス)


