晴好雨奇 -54ページ目

晴好雨奇

気紛れ更新の日記です。


私にとっての終戦の象徴は、教科書の写真。


ラジオの前でうなだれる人々の写真。




小学生の時、宿題が出された。


「戦争の体験談を聞いて来なさい」


何も知らない私は、祖父の家に聞きに行った。


「じいちゃんは吃りのお蔭で赤紙を免れた」


もう少し戦争が長引けば、招集されていたらしい。


「おっきいおじいちゃんに聞きなさい」


は~いと返事をして、曾祖父の所へ。


「学校の宿題なんだ。戦争の話聞かせて」


元から無口な曾祖父だが、この時は様子が違った。


眉を顰めて、暫く考えている様だった。


「…じいちゃんは、寝てたんだ…」


静かに、言葉を紡いだ。


「周りが騒がしくなって、目が覚めた」


私は、ちょっとわくわくしていた。


「起きると、撤収の準備をしていた」


ここから話が始まるのだ。


「もう少し起きるのが遅かったら、置いて行かれていた」


…無事にお戻り頂けて何よりでした。


って、それでは宿題になりませぬ。


お家に帰って図書館へ。


色々と読み漁るが、曾祖父が居た場所の情報は無い。


ただ、戦争は酷い物なのだという情報だけが溜まって行く。


高校の図書館で、中国で捕虜になった人の本を見つけた。


「私の娘は、日本兵に殺されました。でも、悪いのは戦争です」


そう言って、優しく接してくれた人達の話だった。


ロシアの捕虜の話もあった。


「苦労している自分達を見かねて、手伝ってくれる優しい人達がいた」


そんな優しい人達を、自分達は裏切った。


致し方無い状況ではあった。


でも、筆者は申し訳ない事をしたと綴っていた。


読めば読むほど、似た様な情報が集まって来る。




社会人になって数年。


深夜番組で、曾祖父が行っていた場所を放送していた。


完全な負け戦の場所だったらしい。


弾が無い。


薬が無い。


食料も無い。


ただ、ひたすら歩き続けるだけ。


歩いているだけなのに、仲間が減って行く。


「もう少し起きるのが遅ければ、置いて行かれていた」


やっと、あの言葉の意味が理解出来た。


僅かな段を越えられず、行軍を諦める人もいた。


あの時、教えてくれなかったのは曾祖父の優しさ。


小学生に此れはきつ過ぎる。


感謝すると共に、愚かな教師への憤りを感じた。


知らなかったとはいえ、私は酷い事をしてしていた。




「昔の事は忘れて、仲良くしよう」


言うのは簡単。


でも、ある程度知った上で、同じ事を言える?


やられた事だけではなく、


自分の国がやった事を知る努力をしよう。


嬉しい事はされた事。


嫌な事はした事。


こちらを強めに思う様にすれば、


相手に対する思いやりだけが成長すると思う。


思いに囚われるのは良くないけれど、


忘れてはいけない事は沢山あると思う。



5ヶ月が経ちました。


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OPERATION TOMODACHI


あっという間に復活した仙台空港。


その後にニュースになった浜辺の「ARIGATO」


晴好雨奇


実は、未だ続いております。


ARIGATOの文字を書いた方がmixiで名乗り出ました。


ありがとう作戦コミュニティが出来ました。


有志の方々によって、ありがとう作戦のワッペンが出来ました。


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鹿児島で企画されて、仙台で作られたワッペン


簡単に言う様だけれど、


カッコイイ人が沢山いるんだなぁ…って。


ありがとう作戦主犯のチコさんが本を書かれました。

オイラのありがとう作戦
¥1,260
楽天


≪ワッペンと共に届いたお手紙≫


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この度は、オペレーションアリガトウワッペンをお求めいただき、誠にありがとうございました。

プロの方にお任せしてしかるべきところを、しゃしゃり出るのはおこがましいと重々承知をしておりますが、どうにかキモチをカタチにしたいという思いがありました。

私自身は2011年3月11日の「当事者」ではないので、何を場違いな、とお思いになる事もあるやもしれません。多くを失ってしまった方々、実質的な支援活動をしてくださった方々、今なお支援してくださっている方々を差し置いて、表すべきことではなかったかもしれません。

しかし、どうか信じていただきたいのです。きちんとお礼を言いたい、まだ伝えきれていないと思っている人が、多く存在して、まだまだ繋がっていく。

そんな夢を見続けた結果がこのデザインのワッペンなのです。

既に多くのみなさまが、様々なカタチで協力して助けあっている中、あの日、あの出来事を思って、立ち止まってくれた人が世界中に大勢いた。

このことを忘れないためのシルシとしてこのワッペンをお届けしたかったのです。

コミュニティを準備してくださったチコさま、あらかじめご購入を希望してくださったみなさま、ワッペン製造にご協力いただいた玉屋デザインさま、他、ご支援くださったみなさまに、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。

引き続き各個のオペレーションアリガトウを継続していきましょう。

                                            (あろう&つるぽ38)



OPERATION ARIGATO

どんなに大震災に胸を痛めようと、どんなに思いを巡らそうとも、想像を絶する体験をされたたくさんの方々の心身の苦しみや痛みを量り知るなど第三者には残念ながらできません。

しかし、絶体絶命、不可能としかいえない窮地で誰かが奇跡的に助かったとき。

僕らはみな友達なんだからと、誰かが黙々と私たちにはできない作業を進めてくれたとき。

誰かが砂浜に松の木を並べて大きな文字でARIGATOとつづってくれたとき。

相手がそのメッセージをしっかり受け止めてくれたと知ったとき。私たちの心の隅でざわめく感動はまぎれもなく感謝の波動であり、感謝は誰もがまぎれもなく共有できる希望の証です。一生懸命に生きている生きとし生けるものすべて、森羅万象や過去現在未来を包んでしまうような気遣いと、純粋で豊かでパワフルな感動が感謝にはあります。

アリガトウ、という感謝の気持ちが織り成す波動は私たちが発信できる波動で一番高いものであるといわれます。アリガトウ、といえることを日々の暮らしの中で探すこと、その行為こそが誰もが探している幸福の姿です。

今回の東日本大震災で多くを失った方々からオペレーション・アリガトウは始まりました。

殺伐とした社会の中でアリガトウという言葉をなかなか素直に言えなくなっていたことを思い出させてくれました。今こそ、世界中の人間たちが助け合おうとしていることに気づき、共生を目指し始めるときです。これをきっかけにオペレーション・アリガトウを私たちの日常にそして世界に広く伝えていくこと、この作戦展開こそ私たちが今回の大震災を被害だけで終わらせないためのもっとも基本なのではないでしょうか。

みなさん、本当にアリガトウ  そしてこれからもアリガトウ

                      (MogulRabbit / Operation Arigato 一隊員)



☆世界のみんなにありがとう☆ARIGATO☆

We would like to express our heartfelt thanks

 (心からの感謝の意を表明します)

        We rebuild JAPAN!

(必ずや日本は復興します!)

         Never give up!

    (私たちは絶対に諦めない!)



Special Thanks

【ありがとう作戦/Operation-Arigato (mixi)】ミクシィコミュニティ 有志一同

【刺繍ワッペン制作・製造協力】玉屋隆道氏 「玉屋DESIGNS」

                    http://tamaya-designs.com


本日の会社の星は節約術

目新しい方法を期待して見ました。

が、今回は時間の無駄に感じました。

「無駄遣いを減らせ」

当たり前の事を言われてもね…。



節約節約って言っているけれど、

大体は「倹約」の紹介。

既に倹約はしているのですよ。

正直、節約はしたくない。



御常連様方の様に、懐を気にしない旅行がしたい。