12月31日23時過ぎ
ゆけむり館の玄関を出る
蝋燭の明かりに導かれて雪道を進む
上を見ると満天の星空。
甘酒を頂きながら、日付が変わるのを待つ。
気温が氷点下なので、お酒やたき火が有難い。
「後〇分で~す」
スピーカーでおおよその時間が知らされる。
「どうぞお並びくださ~い」
お互いに譲り合い、徐々に列が整って行く。
ゆっくりお参りしたいので、後方に並んで待つ。
「何お願いする?」
「去年も来たね」
「もうこんなに並んでるよ」
あちこちから様々な声が聞こえている。
「残り○秒で~す」
「10…9…8…」
「「「あけましておめでとうございます」」」
「今年も宜しくお願いします」
「来年も来ようね」
小さな声で皆が挨拶を交わしている。
この時間が、昔から好き。
新年早々、小さな幸せ。
「進まないな」
「お前のせいで年々遅くなってるじゃないか」
後ろの御夫婦が言い合いを始めた。
新年早々、嫌な思いも体験するのか…。
「新年早々怒らないでよ!」
言い合いが終わったらしい。
私の横に、奥様が並んだ。
「…そっちに行っちゃうの?」
ちょっと可愛い旦那様の声。
少しずつ列が進んで行く。
「お賽銭忘れちゃった」
「後で返せよ」
「○円?」
「少ない?多い?もっと細かいの?」
家族連れが小さな声でやり取りしている。
何気ない日常。
当たり前の日常。
私は、それが幸せだと思う。
旅行にいらしている方々を見て、
自分の実家と比べて
とても羨ましく思う事もある。
幸せそうな笑顔を見て、
自分も幸せになる事もある。
No one is in control of your happiness but you;
therefore, you have the power to change anything
about yourself or your life that you want to change.
訳:貴方以外に貴方の幸せをコントロールする人はいない。
だから、貴方自身や貴方の人生を変えられるのは、
貴方しかいない。
「乗り越えられない試練は与えられない」
「同時に逃げ道も用意されている」
聖書の中にある一文の内容。
私は仏教徒だけれど、
読んだ時に妙に納得した。
自分の中では辛かったけど、
何だかんだで今の私がある。
逃げ道の先は祖父だろう。
自分の足が地に着いた後、
触れられない場所に行ってしまった。
居なくなってしまった後に、
凄い人だったのだと教えられた。
自分の環境が変わった直後、
祖父の様に全て受け入れてくれる人と出会った。
嫌な事が無くなった訳じゃない。
でも、甘やかされていると感じる。
自分の心が静かな時、
沢山の幸せが与えられている事に気付くから。


