そう言う持論を時々口になさる会長。
確かにそうなのかもしれない。
死にたいと思っていた頃の私が聞いたらどう思うだろうかと時々考える。
答えなんて出ない。
死にたいと思っていたのは、過去の話だから。
今は?
楽しいよ。
泣いたり笑ったり怒ったり。
ずっと穏やかな気持ちじゃいられない。
生きているんだから。
でも、死にたいとはもう思わない。
暗い場所から出た後は、暖かい光があるって分かってるから。
私のいた暗い場所は、未だに暗いまま。
それは、多分、ずっと変わらない。
戻りたくないけれど、たまには戻らないといけない場所。
だって、そこで育ったんだから。
自殺は誰にも迷惑がかからないと思っている人はどれくらいいるのだろう?
自殺も他殺も、他人に迷惑をかけるんだよ。
警察は自分の死に関係ない人達を呼んで、事情聴取をする。
自殺した人の物を見て、怪しい所がないか全部調べる。
誰かが殺したんじゃないかって疑わないといけないんだ。
遺書があっても、それは変わらない。
後片付けも大変なんだ。
首吊りはありとあらゆる穴から汚い物が出る。
実家の近所であったんだけど、お掃除が大変。
血の出る自殺も同じだよね。
飛び散った血を掃除するのは誰?
練炭や硫化水素も片付けは自分じゃ出来ないよね。
それに、一番大きな物。
自分自身の身体を片付けてくれるのは誰?
突然消えた自分の家族を片付ける、その人の気持ちを慰めるのは誰なんだろうね?
身体から出れば楽になれると思うんだろうけど、実際は逆なんだと思う。
死の瞬間を繰り返す人の話を聞いた事は無いかな?
ずっと同じ場所に居る人の話を聞いたことは無いかな?
他の人にはどうしようもないんだ。
苦しみから抜け出すには、自分で頑張るしかないんだ。
大切なのは切っ掛け。
切っ掛けを見つけやすいのは、生きている人なんだ。