肯定する人も否定する人も、それなりに理由があってそういう立場にいるんだと思う。
自分はどうだろう?
否定出来るなら、どれ程楽だろうと思う事がある。
自信を持って肯定出来るなら、どれ程楽だろうと思う事がある。
中途半端だから、ポジションも中途半端。
視る眼を鍛える方法は知っている。
一月以内で完璧に視える様になる方法。
でも、視るだけ。
自分を守れる力じゃない。
とても危険。
多分、小さい子供の眼はこの状態。
危険か安全か分からないから、じっと見る。
視えない人に、心霊スポットヘ連れて行かれた事がある。
その日は、幸か不幸か視える日だった。
向こうがこちらに気づいた。
徐々にこちらに顔が向いて来ている。
これ以上はヤバイと思ったその時。
その人がアクセルを踏み込んだ。
「何となく、発車しないといけない気がした」
翌日、その人はそう言っていた。
視えない人は視えないなりに、自分を守る術があるのだろう。
そう思った。
敬愛している方々の大切な方が亡くなった。
明日、お別れ。
その人のメッセージを聞き取る事は、私には出来ない。
けど、暫くは傍にいると思う。
皆が寂しがらない様にと心配して。
でも、そう思うだけ。
適当な事は言いたくないから、一言だけメールを送ろうと思う。