パーソナルイメージアドバイザー

阿部聡子です

急に出現したかのような存在の黄色。

もう少し黄色時代のお話をさせてください。

前編でもお話したとおり、

シリーズ5で取り上げたエピソード以外に

3つの心理条件があります。

・・・長いです。


1)言語取得の心理

黄色は言葉の色です。

言葉を覚える心理の色でもあります。

青森を離れた私に待ち受けていたのは

言葉の壁。方言となまりで

会話がまともにできませんでした。

珍しいものでも見るかのように遠くから

私が話すのをみて笑う他の寮の人もいました。


そんな私に「サト。うちが標準語を教えたるわ。」

と言ってくれたのが、職場・寮&大学が一緒の

仲間達ニコニコ


・・・まあ彼女たちのいう標準語は

富山弁、石川弁だったので、かなり

個性的な標準語をマスターすることに

なったのですが、

そうすると、さらに、

「サト、それ標準語ちゃうし。ウチが教える。」

という友達が現れ、さらにさまざまな

方言をマスターしていきましたニコニコ


言葉の面白さ、関西系の

イントネーションが新鮮で、少しずつ

積極的にオリジナルの標準語を

使いこなしていきました。

それがとても楽しかったのです。

こうしてコミュニケーションの楽しさを

学んだ私は黄色に惹かれていったのですニコニコ


その語旅先で通じた拙い英語や、

そのほかの外国語がきっかけで

海外へ行ってもっとさまざまな人

と話してみたいと思うようになっていきます。


しかし、黄色には他の心理も隠されています。


2)愛情を求める心理

黄色はさびしんぼう、甘えん坊の色でもあります。


親べったり人見知りの私が、親元を離れ

さらに寮を出て一人暮らしに挑戦したのです。

団地で育った私は

自分の部屋を持ったことがなかったので

一人暮らしは自由でしたが、

急に孤独を感じたりもしました。

そういう気持ちもまた

黄色とマッチしたのでしょう。


3)気候条件

さらに!色彩心理インストラクターコースを

学んだ時に知った衝撃の真実!

緯度差により色みの見えが異なる

ということです。

太陽光線が地球に届く時は平行光線に近い状態

ですが、地球は丸いこと、大気圏の厚みによって

太陽光の照射条件は異なってきます。

緯度により空気中の粒子、塵などに

ぶつかり散乱し、太陽光(白色光)の

壊れ方が異なり、結果色の見えが異なって

くるのです。


富山エリアは黄色の光が一番きれいに

見えるエリアだったのです。

アルプス山脈の影響で、季節により

変化はあるのですが、一人暮らし

を始めた春~夏の季節は

黄色がきれいに見えるのです。

こうした様々な条件が揃い

私は黄色に惹かれていたのです。

インストラクター講座で

このことを知った時の

衝撃と何ともいえない納得感。

すべてが繋がったすっきり感。

最高でした打ち上げ花火


今でも富山は私にとって

きときと、キラキラした街です。

だから、住むまでどこにあるか

知らなかったことは許して~。

※「きときと」は富山弁で

「活き活き」です。
パーソナルイメージアドバイザー

阿部聡子です


色で綴る阿部聡子史も5編目になりました。

さて高校時代は青系特に紺色を好んでいた。

”規則、規律守ります的いい子ちゃんの阿部ちゃん”は

進学のために富山県富山市へと引っ越しました。

そこでは衝撃の出会いが待っていました。


富山市は正直受験しにいくまでどこにあるのかさえ

知らないそんな状態でした。

(富山のみなさんごめんなさいガーン。。)

いい子ちゃんの私。実はそんな自分が大嫌いでした。

だから故郷を離れて、私を変えたかった。


最初の2年は、働きながら大学に通っていました。

なので、昼間コースの人との接点は

ほとんどなかったのですが、

職場の寮でも大学でも私をかわいがってくれた先輩が

アウトドアサークルへ誘ってくれ、

友達は急激に増え、私の世界は広がっていきました。

2年の後半で一人暮らしを開始することにした私は

ホームセンターである色にくぎ付けになりましたえっ



黄色ですキラキラ

どのコーナーへ行っても黄色キラキラ以外がかすんで

見えるくらいでしたキラキラ

私は茶系を好んで選んでいたことがありましたが

黄色はなんだかきれいに見えず

眼中には全くなかった色でした。

え?!黄色?!知ってる色だけど

こんなにきれいな色だったんだキラキラ

と心奪われ、もちろんインテリア小物は黄色

サークルで使うアウトドアグッズも黄色。

黄色大好きになりましたキラキラ

黄色はコミュニケーションの色。

必ずこの色の向こうには人がいる。

そういう色です。

また、自由、好奇心の色でもあります。

富山で同じように働きながら大学生活も

頑張り、寮生活も共にした友達は私を

人見知りから、お話好きに変え、

サークルへ誘ってくれた先輩は私の世界観を

変えてくれました。

だから今まで私の中に存在しなかった

自由、好奇心、そしてコミュニケーションカラー

の黄色が現れ心を奪ったのでしょう。



そういえば、先輩と行ったイタリアで買った

お皿も、バスグッズも、キーホルダーも

ぜーーーんぶ黄色。


黄色を好んだ心理にはあと3つの背景が

考えられます。

長くなりそうなので今日はここまで。
パーソナルイメージアドバイザー

阿部聡子です

高校受験に失敗した私は第二志望の高校で

進学クラスに在席していました。

部活もなく、放課後、

補修授業が必修みたいなクラスで、

自由もなく、めくるめく日々が過ぎて行きました。



そんなクラスにも遠足がありました。

服装は自由。と言われ私は困りました。

時間も規則も縛られ、服装は制服。

そんな毎日です。急に小さいながらも

”自由”を与えられどうしていいか

わかりませんでした。

当時おしゃれにはそこまで関心がなかったのです。


困りましたしょぼん

年頃の女子が流行りもわかりませんしょぼん


考えて一応購入したTシャツも上手く

着こなせず、遠足前日に一度決めた格好を

チャラにしたのです。

そう。たびたび登場のリセットです。

白のハーフパンツのオーバーオールに

紺のTシャツ、合うバックがなくて、

夜なべして作った紺のナップサック。


いいのか悪いのかも判断できず、勢いで出かけました。

電車に乗り、周りのみんなの格好をみて。

「やっぱ、ダサいかもしょぼん。。。ショック。もう帰りたい。

制服の方がいいわ。」

と落ち込んだものです。


白は辞めればよかったという後悔の思い

帰りたいという、リセットの思い。


紺は規律、秩序、ルール、信頼といった心理です。

振り出しに戻った私が欲したのはルール、つまり

制服というきまりです。



振り返れば高校時代は焦げ茶を卒業して

紺色を良く好みました。

中学までとは比べものにならないほど、

髪型・髪色、制服、スカート丈、持ちもの

など規則が厳しく、

校則とどう付き合うかが課題だった時代です。


クラスの一部で当時個人輸入が流行り、

カタログの中から、同級生は黒やグレーを

選んでいる中、私は紺色の

ショルダーバックや紺がない時は

紺に近い青の

リュックサックなどを選んでいました。


お気に入りのジャケットもベースは紺の

タータンチェックでした。

そのジャケットを着る時はちょっと大人

な気分になれるロイヤル気分ジャケットでした。


少しずつ大人になろうとしていたのでしょう。


大学進学で富山に引っ越すまで、紺、青系

を良く好みました。