私がいつも遠慮がちで、自信がなくて、でも本当は愛を欲してるのが分かるから、いつも彼は、優しく特別扱いをしてくれていると思っていた。


私が幼少期、場面緘黙症だったり、ストレスからくる顔面麻痺だったりして、両親がその時期に示した愛情に、なんだか似ている気がした。

もっと愛情が欲しい、認められたいとの思いから、学校を変わったきっかけで、よく喋るようになり、顔面麻痺も治り、勉強、習い事、人間関係を頑張り、学校では明るい子、先生や女子男子からは人気者でよくモテる女の子に変身した。


なんだ頑張れば変われるんじゃん。


でも、それは私の苦しみの始まりだった。


その後、子育てで本当の私の姿を子どもたちが次々に見せてくれ、大きく挫折した。

そして、大きな気付きを得て、私は本当の私を愛することに決めた始めた。


私も人から一番に愛されたい、一番に認められたいという機能価値を少しずつ弱める事が出来るようになり始めた頃、彼と出会った。


彼もまた機能価値に苦しみを抱えてるように見え、お互いの信頼関係の築きの迷子になった。

これは頑張ってるから愛されているのか、この関係だから愛されているのか。

2年間この不安と恐怖との戦いだった。

すれ違い、苦しみ続けた結果、今年になって、もう不毛な戦いは辞めようと思った。


戦う事をやめて、この関係が続かないようだったら、それまでなのかもしれない。



最後にバレンタインのチョコレートを渡した。

相変わらず2人の仲を引き裂こうと邪魔が入った中、2人が手をのばしギリギリ渡す事が出来た。


彼からも特別な愛を示してくれて、素直に嬉しいと思った。



それはまるで、2人だけの世界に包まれた空間になった。


帰宅中、余韻に浸りながらも、私はもう前を向いていた。

もうこの恋にすがるのは辞めよう。


こんな素敵な気持ちを、雑になんか扱いたくないって素直に思った。


大切に大切に。


だから、私は私自身を少しずつ大切にする事が出来るようになったんだ。


私が私を雑に扱ったら、彼に失礼だ。


彼が直接私を大切に出来ない分、私が私を大切に扱う。


自然と感謝が込み上がった。