5月5日、子供の日。コロナの影響で客足がなくなり、出勤が停止して1ヶ月が経った。部屋の窓から外を見ると、先日の暑さのせいか山の木々の色も軟らかな緑からだいぶ濃く逞しくなった。

しかし、子供の日なのだけれど鯉幟をあまり見かけない。この辺りでは3、4軒は毎年上げている家があったはずなのだけれど、コロナで自粛なのか、あげてる家は1軒だけみたいだ。

 鯉幟というのは勝手なイメージなんだけど、祖父母と暮らす家が上げるように思える。それは一族、血縁濃き農村の風習のような。

それは多分、この家の周りが昔は畑や田んぼばかりで、その景色の中に鯉幟が上がるのを見て育ってきた事と、その頃の近所の友だちが皆、この地に血縁を持つ人たちだったからだろう。

 今ではこの家の周りはどんどんその当時の面影をなくしていき、田んぼも、畑もどんどん埋め立てられ、古い建物は取り壊され、新しい家やマンションが建てられていく。家の近くの、あの4車線の道路、あそこが昔は川だったなんて、どれくらいの人が知っているのだろうか。

 でも、そんな風に時間が流れ、景色が変わっても、青い空に浮かぶ鯉幟の鮮やかさ、空や山とのコントラストの美しさはいつまで経っても変わらない。あの子供の頃見た時と同じ気持ちを蘇らせてくれる。それはきっと、鯉幟を上げる人が毎年、変わらぬ想いと願いを抱いてるように。

    今年は見ることが出来なくても、来年また見ることが出来れば、家の周りが田んぼばっかだった時の、あの頃の気持ちもまた再生れるだろう。今はそっと、強く生きよう。