開かれたドアの先。
明かりがつけられた玄関先は至って簡素。
特に装飾もなく普通に廊下で。



「……おじゃましまーす。」



当たり前に慣れた足取りで俺を置いていく
翔さんを、目で追いつつ。

鍵を掛けて靴を寄せて脱ぎ。
聞こえてるか分からないけど、一言挨拶を
しながら後を追った。




廊下と区切られるドアから部屋に入ると
そこは、カウンターキッチンとリビング
ダイニング。

玄関を入って直ぐに、ひとつ部屋っぽい
ドアがあったから、多分そこが寝室?の
1LDKなんだろうけど。




「いいトコ住んでんだね。」



素直に、俺の好みの間取りだからそう伝え
つつ。
ソファーに上着と荷物を放った翔さんに、
後ろから抱きついた。




「……間取り、気に入って借りたからね。
ちょっと高いけど、別に広くはないから
そんなんでもねぇよ。」

「ふぅん……?」



そうでも無い、って言ったって。
俺から見たら、一人暮らしするには広めの
方だと思えるし。
学生の俺が払える額ではもちろん無いんだ
ろう。


そして確かに片付いてはいないけど。
綺麗じゃない、って言ったのは、掃除して
ないってよりは片付けて無いだけな感じで、
整ってないけど不潔感は無く。
装飾が無いから殺風景なだけなんだろうと
思えた。




それより。

抱きしめた翔さんは、少し体温が高くて。
俺の目の前には、白くて滑らかで綺麗な
肌の、項(うなじ)。

その魅力に惹かれ、鼻先を埋めて。
深くゆっくり息を吸い込んで、その首筋に
軽くキスを落とした。



「……んフっ、───結構、ガツガツ来んの
 ね…?」


そんな俺が巻き付けた右腕を、ポンポンと
宥める様に叩いた翔さんが、低く笑うのを
笑みで返し。



「……そうね。好きだと思ったら、あんまり
 遠慮はしないかも。それに───」



その声が、低くていい声で。
どんな顔してんのかな、と気になるから、
少し腕を緩めて体をずらし。
右手で翔さんの左腕を引いて。




「しょおさん、キスしていいって言った。」



左手で後頭部を緩くホールドしながらキス
すれば。


「んふふっ」


唇を離されることはなく。
鼻から抜ける息で笑った翔さんが、身動ぎ
して俺の腰に腕を回してくれるから。
それが嬉しくて。
俺も翔さんの腰に右手を下ろして抱きしめ、
腰を押し付けて熱を伝えながらキスを堪能
した。





お店でも思ったけど。

翔さんとのキスは、本当に気持ちイイ。



多分酔っ払ってるからってだけじゃなくて、
今まで無いくらい唇が求めて止まないこの
感触に、逆らうことも出来ず。





「────……、」



これだけ俺が気持ちがいいんだから。
翔さんが全く良くないなんて事も無いかな、
とは思いつつも俺だけかな?ってちょっと
不安になって、一度唇を離し翔さんを見れ
ば。

閉じていた瞼が震え、薄く開き。
その奥の瞳が灯りを受けて、煌めいて。

真っ赤に濡れた唇が笑みを刻んで舌先が
覗く。



それがなんか、強烈に腰にクるから。

肩を押してソファーに座らせ。
翔さんの横に膝をついて乗り上げて、再び
キスに没頭した。




敢えて音を立てて唇を離し。



「んっ……ふ、」


ちょっと眉間にシワを寄せて、苦しげにも
見える翔さんの表情が息を吐いて戻ってく
のをスローモーションみたいに感じながら
見つめ。

伏し目に呼吸を整える間も邪魔しない様に、
動かず待ってみる。




そして、ゆっくり瞬いた瞼が上がり、その
視線が俺を捉えるのを確認してから微笑ん
で。



「しょおさんとのキス、すげー気持ちいい
ね?」



そう言ってみたら。
翔さんは困ったみたいに笑った。




「ヤバいな。超イイ。」



そしてそう返してくれたから。
だから翔さんの困ったみたいな顔が、迷惑
だからじゃなくて。
きっと俺と同じ、想像以上に気持ちがいい
ことに対する衝撃のせいなんだって分かれ
ば、少しはホッともする。




でも。

それなら、ね───?

もっと。





もっと気持ちよく、なりたいじゃん……?







「────ね。もっとしてい?」


「『もっと』?……って、キス?」




いや、分かってるでしょ?
キスは聞かなくてもするよ。


そう思いながら、黙ってまた待ってみて。



「俺はさ、どっちでもいいよ?」



数秒見つめあってから。
正直、翔さんと気持ちよくなれるなら上下
問題なんてどっちでもいいから聞いてみる
と。

翔さんは一瞬、ギョッとしたようで真剣な
顔をするから。



「……したくないの?」



ちょっと悲しくなって、聞いてみた。
でも、そうしたら、




「────今日の、今日……?」




とか、怪訝な顔で聞いてくるから。
なんだかその顔が可愛くて、思わず笑って
しまった。





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