「ウチ、期待すんなよ?きったねーから。」




ほどよく酔っ払った耳に聞こえる翔さんの
声に、いーよいーよと返しつつ。
内心ね、そんなのどうでもいいんだよ、と
ツッコミを入れる。



だって、大事なのはそこじゃない。

他の誰にも見られないで、邪魔されないで
いられる2人だけの空間が必要なんだから、
俺たちには。

もうさ、『俺たち』、とか言っちゃっても
いいんでしょ?

いいよね?






だって​───────




『してくれていい』って、

言ったもんね?






ま、それがたとえ『キス』だったとしても。
遊んでた、って自分で言えちゃう櫻井さん
なんだから、それだけじゃいられなくなる
大人の事情を想定しない、なんて事。
……ある?

少なくとも俺は、それ込みじゃなきゃキス
していいよなんて、他の人に言わないよ?





『好き』ってさ。

ある程度経験してる大人ならなおのこと、
その『好き』の先にはフィジカルな事まで
繋がってるもんだと思うから。



男同士ってことがハンデになるのは多分、
想いが通じるまでであって。
その先の事じゃないと思ってる。俺は。


そりゃ、不便不都合があるのは何となくは
分かってるし。
女の子とするみたいに簡単に(って言うと
語弊があるのかな。だとしても体の構造的
には女の子とするのに不便不都合は基本、
無いハズ…)いかないってのも知識としては
知っていて。

詳しいことは追い追い研究するとして。
仕事中あんな理知的でカッコよくて。
お酒飲んでる姿だけであれだけ色っぽい
翔さんが、そーいう時どんな風なのかな
なんて、興味無いはず無いじゃん。

好きなんだから、存在を。



これまでそんな風に考えたことも無いし、
具体的に想像したりももちろん無いけど。




──── さっきキスした時。

聞いた息遣いと漏れた声、腕に触れる指先
とか。

ちょっと酔って潤んだ瞳の失われない光の
強さと、それを隠す二重のラインが綺麗に
刻まれた瞼とか。

重なる唇も。
交わる滑らかな慣れてそうな舌遣い含め、
アレもソレもコレもどれも丸ごと全部!

堪んなかったんだ。




だからもっと触れ合いたいし、全部感じて
みたい。
こんなに強く誰かとそんな事したいなんて
思ったこと無いくらい、急激な欲望───


それが叶うなら俺は、
どっちだっていいよ?


翔さんがシてくれても、

俺に、サセてくれても。───ね。








「​─────……あの。マツモトくん?」




お店から乗ったタクシーが、翔さんの住ん
でるマンションらしき建物に到着し。
降りて。

エントランスを抜けてエレベーターへと
進む間、しばらくぶりに聞く翔さんの声。




「なに?」


「……うん。あの、さ?」


その、少し言い淀む感じに、


「そんなすぐに帰んないよ?」


聞かれる前にと意向を示せば。
翔さんはちょっとびっくりしたように目を
見開いて、次いでくはっと小さく笑った。


「そうじゃなくて。明日月曜だけど、学校
何時?つか俺、明日仕事だから朝は8時半
には出なきゃなんだけど。うち泊まるなら
家、連絡しといてね?」


ってさ。
落ち着いて大人なんだもんな……。




「……8時半?──なら学校昼からだから、
一緒に出て家戻っても間に合うし大丈夫。」



俺がこんなに求めてんのに。
酔いが醒めちゃったのか、現実的な事言う
翔さんが、恨めしい。

とはいえ少し現実を思い出したのも事実。
母親に『友達んち泊まる』っていう連絡の
LINEだけ入れた。

20歳過ぎて以降、うるさく言われることは
無くなったけど。
同居してるんだから、最低限連絡してくれ
とは言われてるし。
……忘れてたけど。



そんなツラっと平静な顔されてもな…。
やっぱりなんか、───寂しい。



とか。

酔って取り繕えない自分を意識しつつ、
怒涛の感情の波を持て余す。

だけど。





「あーーー、こぇーなぁ……。」



住んでるらしい階に着いて廊下をゆっくり
歩きながら。
鍵を出そうとしてるのだろう、ポケットを
探る翔さんの呟きに気づいて目を向けると。

チラッと俺を見て苦笑した翔さんが鍵穴に
鍵を挿しながら、



「マツモトくん、切羽詰まってんだもん。
怖ぇわ。」



なんて。

そんな事を言いつつも、全然怯えてなんか
無さそうにゆったりと振り向いて。





「───どうぞ?」




解錠し、ドアを開いた。








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