「んフッ。……あはは!」


逃げられないのをいい事に。
タバコの味がする翔さんの口内を満足する
まで味わって唇を離すと。

その、濡れた唇を拭いもしない翔さんは、
距離の出来た俺を一瞥してから何故か笑っ
た。


「おま……っ。」

「────……何?」


それは流石に失礼なんじゃないの?
なんて、勝手にキスして好きなだけ貪った
自分を棚上げして問えば。
翔さんはまだ笑い続けながら、違う違う、
と俺の腕に手を添えて首を振った。


「オマエのそのスイッチはさ、何処にあん
 のよ?」


そしてペロリと自分の唇を舐めて尚も笑う。


「……え?」


ホントに。
今日俺、この人に何回「え?」って意味を
問う投げかけをしたか数えたくなるけど。
だって本当に、今日の翔さんの言動は俺に
とって意味不明な事が多いんだから、仕方
ない。


「別にさ、こんなオレで良ければオマエが
キスしてくれんのも良いんだよ。いいけど
さ。くっはは!」





─────いいんだ。

てか、ちゃんと俺の『好き』って想いは
伝わってんのかな?
と、これだけ笑い続けられてたら懐疑的
にもなるけど。

何がツボなのか分からないけど、笑いが
止まらなくなってる翔さんを眺めながら、
思いは複雑。



「あー、ごめん。オマエが、潤が俺をそう
いう意味で好きだってのは伝わってるよ。
さすがに俺もわかる、これだけ丁寧なキス
されれば。」



そしてまた、タイミング良く、声にしない
質問の回答が与えられたら。
今オレどんな顔してたんだろ?って困惑も
する。
だけど不安な思いを汲んでくれた翔さんの
言葉と優しい視線に、ホッとしたのは確か
だ。



更には笑ってる理由と、『こんな俺』って
言葉が引っかかって、なんだかモヤモヤと
するけど。




でも。

一つだけ分かったのは、翔さんが俺を嫌い
じゃないから、俺は翔さんにキスしていい
んだって事。






「……しょおさん?」


それなのに、俺の腕を掴んだままの意味も
優しい笑みも、分からないことだらけで。
戸惑いを伝えるべく言葉が見つからなくて、
名前を呼べば。

目を閉じ一つ大きく息を吐いた翔さんは、
瞼を開くのと同時にまっすぐ俺の目を見て。
瞬きと共に、それまでの笑い方とは違う、
小さな微笑みを見せた。




「お前はさ、綺麗なんだよね。」


「…………?」


「────ほんと、キレイ。まあ見た目の
事だけじゃ無いけど、初めに事務所で紹介
された時からずっと、思ってるよ。男にも
こんな綺麗なヤツ居るんだ、って。別に、
それまでも男に恋した事なんか無かったし、
今感じてるそれが恋かもわかんない、実際。
……でも、お前が俺に微笑んでくれんなら、
どういう意味合いであれ、俺を好きだって
言ってくれんなら他はどうでもいいやとも
思う。だけど。…だから?かな。もし潤に、
俺の薄汚れた所が魅力的に映ってるんなら。
やめといた方がいいよ。……もったいない。」


「ちょっ……!/////」



伝えられた大筋は、なんだか擽ったくて
照れくさい事たくさん言われた気もする
けど。

卑屈では無いけど諦めたみたいな言い方が
気に入らなくて、結構マジで、怒りが込み
上げてくる。



それは、これまでの翔さんの人生の一部を
否定する言葉で。
要らなかったみたいに聞こえたから。

そんな風には思っていて欲しくないんだ、
俺は。
たとえそれが、翔さん本人だとしても。
───いや、本人だから、……かな?





「ソレ込みでアナタなんでしょ?そういう
時期があったから、今があるのに。」



俺からの、思いがけなかっただろう本気の
反撃に目を丸くして固まる翔さんの頬に。
指を伸ばし、その赤い唇にもう一度キスを
落とす。



「……俺は、今のアナタが好きなんだから。
そのアナタが、自分を否定する様な言い方、
しないで───。」



間近に見える瞳が。
一瞬、睨むような強い光を帯びて。

直ぐに和らぎ、微笑んだのが見えたかな?
くらいで翔さんから俺にキスをくれた。





「────守るべき最低限は、守ってきた
 つもりだけど。お前がそう言ってくれるん
 なら、無意味では無かったんだろうな。」



穏やかな笑みはどこか儚いけれど。
瞳に映る意志が、この人の負けない強さで
根幹なんだろう。

翔さんだって、俺から見たら芯のある美しさ
だ。









「────好きだよ、しょおさん。」



いい雰囲気で。
止められなくて。

もう一度、キスしようと顔を近づけた時、




「失礼いたします。デザートお持ちしまし
 た。」




部屋の入口外で声が聞こえて、慌てて席に
戻った。

程なくお店の人が入ってきて。
心臓バクバクしてる俺とは逆、落ち着いて
対応してる翔さんは、手に持ったまま放置
していたタバコに再び火をつけた。




「……このあと、どうする?」



デザートを置き退出していったお店の人の
足音が遠ざかった頃。
タバコを消し、スマホを手にした翔さんが
俺に聞く。



「……どう?」

「そ。帰る?」



……って。どういう事?

いや、帰りたくはないよ、今初めて想いが
通じ合ったばっかりなのに。
と思って返事に迷っていると、


「んふふ。送ろっか?駅までだけど。」


なんて意地悪を言う。


「やだ!」

「あはは!『やだ』って。」

「だって、ヤなんだもん。まだ俺、しょお
 さんと居たい。」


だから正直に主張したら。
翔さんは、ちょっと困ったようにフハッと
笑い、数瞬考えたあと。



「じゃあ、────ウチ、来る?」



チラッと俺を見て、そう聞いた。

それは予想外の誘い。
でも途端に気分は上がる。


「行く!行きたい!!」

「何も面白いもんねぇんだけどなぁ……。」



そんな呟きが聞こえたけど、それを決める
のは翔さんじゃなくてオレ。
俺にとっては興味しかない。


「いいの、俺はテンション上がったから!」


だからそう返し、聞いて苦笑した翔さんと
一緒にウキウキしながらデザートを食べた。













『デートして』って言った時は。
自分の気持ちにもハッキリとは気づいて
いなかった。

それがまさか、
こんなに素敵な1日になるなんて。


後から考えれば、俺はもう、もっともっと
ずっと前から翔さんに恋してたんだと思う
けど。
通じ合えたこの恋は、今始まったばかり。
だけど翔さんとの未来には、不思議なほど
不安は無い。


きっと、この人となら。
楽しい事がいっぱい広がってるんだ。
そんな気がする。


これからは、こうして。
仕事で会えるのを待たなくても会える様に
なるんだ、ってだけでも嬉しいし。
それがただの友達じゃなくて恋人として、
特別な位置で一緒にいらようになれるんだ
と思えば尚のこと。



まずは今日、翔さんのお家にお邪魔したら、
どうしよう?

また、キス出来るかな?





高鳴る胸の鼓動にワクワクしながら、俺の
視線に気づいてこちらを向いた翔さんへと
微笑みを返した。







☆end☆
2020.5.2. 潤翔の日記念『Stay gold』
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