「お待たせ!行こうぜ行こうぜ~。」 


 着替えて従業員控え室を出て、櫻井さん
には事務所の隣りのクロークに居ますと
連絡をした。 
櫻井さんは着替えないし、そもそもの控え
室もアルバイトとは別。
 事務所で仕事をしているなら近くの邪魔に
ならない目立たないスペースがいいかなぁ
と思っての事だった。

 そこに程なく上機嫌な櫻井さんが現れて、
一緒に外に出たけど。 



 「あー…今日櫻井さんに会えてメシ行ける
 んだったら、もう少しちゃんとした格好で
 来ればよかったな~。」 


 今日の用事はバイトのみ。
 なら、着替えやすくて楽な格好がいいかと
ケツの下までの大きめの白いフーディーに
太めの黒いパンツと黒いバックパック。

 学生感満載の出で立ちに違いなく、櫻井
さんは当たり前だけどスーツ。 
 その落差にちょっとガッカリしていた。

 ま、元々会えたら誘う気満々だったんだ
けど。


 「はぁ?んな必要ねぇよ。つかいつ見ても
  オシャレな格好してんのね?」

 「んぇ?」 

 「あ、違うか。オトコマエは何着てても
  かっこいいんだな。」

 「はっ?」 



 いやいやちょっと待って。 
オトコマエなのもイケメンなのも櫻井さん
でしょ? 
誰が見たって爽やかイケメンじゃん。
 と、俺は思うけど。 


 「あのね。俺、スーツが一番似合うのよ。」

 「……?」

 「ふふっ。私服は残念なんだって。残念に
  見えんのか?ま、どっちでもいいけど。」


 突然の振り幅に、うっかり黙る。 
いや、でもさ。
でも、よ?
 見たとこ櫻井さんだってスタイルも悪くは
ないし細身だし、身長の割に受ける印象は
華奢だなとは思うけど貧相ではないし。 
何より。
 そんな卑屈めいた言葉発してる割にそこに
暗さは欠片もなくて。 



 「そんな事、無いでしょ?」



 それこそ櫻井さんこそジーパンTシャツで
十分サマになりそうだけど。 
と、素直に返せば。 


 「そんな事は、ある。俺が今お前が着てる
 やつに着替えたとして、かっこよくは無い」 


 俺の上から下までを、素早く一瞥して、
ニヤリと笑った櫻井さんは、そう言って
アハハと笑った。 


 「センスの問題だな、多分。……ふふっ。
  てかさ、スーツ似合うって言われればこれ
  以上楽な事ねぇよな?仕事の日は、服装は
  スーツだから考えなくて良いし。休日は、
  特別誰とどうするでもなければ普段の俺の
  私服事情知ってる奴しか会わねぇんだし。」 


 そして気楽なトーンで話を続けるけど。


 「……誰が言うの?スーツ似合うとか私服
  残念とか。」 


 薄ら感じる疎外感に、つまらない気分に
なってそう呟くと。
櫻井さんはそんな小さな声も聞き漏らさな
かったらしく、 


 「あー…ごめんごめん。俺さ、付属…つか
  幼稚舎からエスカレーターだったからさ。
  付き合い長い奴ら多くて、だからマジ容赦
  なくオブラート無く言いたい放題言われん
  だよ。」 

 「────へぇ……。」 


 『幼稚舎』とか、耳慣れない単語だけど。
きっと、この粗野な口ぶりにも関わらず、
受ける印象が上品なのも、そんな生い立ち
が少なからず影響してるんだなと思えば。
そんな櫻井さんの過去にも興味は湧く。


 「───ね。…じゃぁ後でさ。私服の写真、
    見せてよ。」


 だから、いつも仕事中か、仕事上がりでの
飲み会でしか会ってなくて。
私服姿の櫻井さんには会った事無かったな、
と思い出して言ってみると。


 「えーーーヤダよ。」 


 拒否って櫻井さんは笑うけど。
そう言われたら、どうしても見たい。

だから敢えて、周りから評判のいい笑みを
向け。 


 「見たい~。完璧じゃない櫻井さんの私服
   見てみたーい!!」



 わがまま承知で押し。

 絶対見せてもらおう、と勝手に心に決めた。




 .