さ:今日は12月12日公開の映画「母と暮せば」でご一緒した私の大事な息子、と言いたいところですが、正確に言うと大事な息子・浩二役の二宮和也さんにきていただきました。今日は映画の話はもちろんのこと、和也さんのすべてにわたるお話をお伺いしたいと思っています。和也さん、今日は本当にお忙しいところおいでくださいましてありがとうございます。
和:とんでもないです、とんでもないです。
さ:母と暮せばの息子の役として、3か月間ずっと一緒にしてきたんですけど、楽しかったです。
和:いやぁほんとに、楽しかったって言っていただけて光栄です。本当にあっという間だった感じがしていますね。1日の撮影時間がそんなに朝から晩までって形じゃなかったじゃないですか。
さ:そうですね。
和:だから何かすごくあっという間な感じがして。
さ:でも、
和:うん。
さ:ご自分のお母様と一緒に居る時間よりも私と一緒にいる時間の方が長かったっていう風にね、言っていただいて、
和:ふっ、はい。
さ:なんかすごく嬉しかったんですけれども。
和:ははははははっ。いやぁでも、ほんとにそうでしたからねぇ。毎日毎日こう、顔合わせて、いられる時間って言うのは、今思うと貴重ですよねぇ。
さ:初めてお会いしたのが、某焼肉屋さん。
和:そうでしたね。
さ:あのときって、なんかお会いした途端に、あ、私の息子って言う風に思っちゃったんですけど。
和:あぁ~。
さ:和也さん、どういう風に私のこと思われました?
和:僕はやっぱりこう、あ、実在するんだと。あ、もうほんとにもう、何と言ったらいいのかなぁ、テレビの中の人だったわけですよ。映画の中の、スクリーンの中の人。見る時間が長すぎて。あぁ、ほんとに、立体で居るんだっていうのから入っていって。でもやっぱりこう、色んな所でお見かけする小百合さんのイメージと、ドンピシャでしたねぇ空気感がやっぱりこう、柔らかくて、なんか、ほんとはもっと緊張しなきゃいけないんだろうなーと思いながら、
さ:そんなこと全然なかったんですけど…
和:はははははっ
さ:でもなんかね、もう、一目会ったその日から、
和:うん。
さ:私はこの人の、母親だっていう風に思った、なかなかないんですよね。
和:んーーー!だからなんか、そういう風に思っていただけてたのに、何かこう何もせずに焼かれたお肉を僕のお皿に持ってきてくれるわけですよ。いつ食べてんのかなみたいなこう、見ながらもでも、絶対俺んとこに持ってきてくれて。
さ:ええ。
和:なんかすごいね、ありがたかったですよねぇ。
さ:あぁ、本当に。
和:うん。
さ:それで、撮影でリハーサルが始まって
和:そうですね。
さ:長崎弁は大変だったですよねぇ、お互いね。
和:たいへん…大変でした?
さ:えぇ、大変っていうか台詞が長くて大変。
和:あぁなるほど。そっか、もうしゃべりだしたらとまんないんすもんね。
さ:止まんないお母さんね。
和:はっふふふふ。
さ:この子は本当にいつまでもおしゃべりだなぁっていう台詞があるんだけれども、お母さんの方がおしゃべりでしたよね。
和:そうでしたね。はっははははは。その血を受け継いでベラベラしゃべる。
さ:しゃべるんだけど、でも、和也さんは本番の間スタジオで台本をご覧にならないでしょう?
和:そうでしたねぇ。
さ:あれはすごいですよね。
和:本当ですか?
さ:噂によると方言指導のテープを聞いて、
和:そうでしたね。もうテープをずっとひたすら、家に居るときは流してシーンとか関係なく。明日やるシーンとかそういうことじゃなくただひたすらに、頭からケツまで流して、それでこうなんか、…覚えていきましたね。
さ:完璧でしたよね。
和:いや。本当ですか?
さ:だって、間違えないもん。
和:ふははははは!
さ:ぜんっぜん!
和:あれ、間違えませんでしたっけ?…いや、あ、そう、
さ:間違えなかった。
和:でも僕一番すごいと思ったのが、台本で言ったら2ページぐらいの、いわゆる差し込みって言って当日にいただくやつがあるじゃないですか。で、それにその方言指導も何もないままただ紙ペラ1枚で、もらったやつを当日にやってたじゃないですか。あれはね本当にすごいなと思った。
さ:1時間前でしたよね。
和:そう。
さ:あれがきたのがね。あれは山田組では号外っていうんですけど。
和:あはははは
さ:ふふふふふ
和:出ましたねぇ!
さ:はい、もうどうしようって。覚えるしかないって何とか覚えて言ったら、今度本番テストになったら「小百合さんもう少しテンポ上げて」って
和:そうそうそうそうそうwちょっと上がりますか~って。そんなフラットに言うんだ~みたいな。そんな、でも今日1時間くらい前にできたやつを、「もうちょっとぉ…はやくぅ…スラスラ言ってもらえますかぁ?」すげぇフラットに言うんだなみたいな。あれはすごかったっすねぇ!
さ:だから、いかがでした?山田組初参加、山田監督。
和:いや、あの、…びっくりしました。現場もそうですけどやっぱりなんか、ちゃんと1人1人の名前と愛称と、それでこう呼ばれるじゃないですか。「ちょっと君」とか、「あぁ~あのぉ、お前さ」とかって言っていい人なのに、ちゃんと1人1人ニックネームだったり名前だったり何だったりで呼んでくれるじゃないですか。
さ:はい。
和:あれはやっぱり下の人間、現場の人間からするとすごくやる気になります。
さ:そうですよね。
和:なんか私に、僕に、頼んでるんだっていうのがこう伝わるじゃないですか。あれはねぇ、なんか、なかなか当たり前にやっていましたけど、できることじゃないなっていうのは現場に居て思いましたね。
さ:そしてこの映画に対する情熱みたいなものを毎日ひしひしと感じてしまったんですよね。
和:んーー!やっぱり熱量がすごい、僕は初めてだったんですけどそれでもすごいなって感じましたよね。
さ:あの、この、浩二が町子のことを想って町子に新しい道を開いてほしいっていう台詞がありますでしょう?
和:はい。
さ:あれは原爆で死んだみんなの願いなんだって、ね、あの台詞がとても和也さんの言い方が素敵で…感心して脇で見ていたんですけど、監督もね、私のところに来て「素敵だったね」っておっしゃるんですよ。
和:あ、本当ですか…僕には言ってくれなかったです。
さ:ほんとに?!
和:はははははは。
さ:じゃあ私から伝わると思ったのかもしれないけど。
和:あぁ、なるほど。いやあそうでしたか。
さ:本当にそう思いました。
和:いやぁありがたいですね。
さ:こないだテレビでね、
和:はい
さ:監督と和也さんと華ちゃんと、が色々こう昔のことを教えてって言うような、ドキュメンタリーがありましたでしょう?
和:あ、はいはいはい。
さ:そのときに和也さんが、無理にね戦争がダメとかなんとかって言われてもご自分たちが全然学校で習ってないしどういう風に受け止めて良いかって言うのを最初ね、おっしゃってて。
和:うん。
さ:それは本当に本音でよく分かったよって監督がおっしゃっていたんですけど。そういう原爆とか、硫黄島からの手紙をなさったから、戦争の物ですよね、あれは。
和:そうですね。
さ:だからそういうことはすごくよく知ってらしたし、今年硫黄島いらしたんですよね
和:そうですそうですそうです
さ:そいうなかで、30…ぅ、年間、生きてらして、
和:はっははははは。
さ:今の感じとか、原爆とか、戦争に対する監督の思いとかそういうものをこの映画撮り終えてどんな風に思ってらっしゃるのか…
和:僕はですね、勿論作品ではありますけど激戦地の兵隊の役と、特攻隊と、あと今回内地で待つ人間ってこう、三方の目線で見ることができたんですけど、…やっぱりなんか…学校の教育が悪いってことじゃないですよ、それを言っているんじゃなくて、全然違いました。学校で習ったのと。
さ:そうでしたか。
和:うん。やっぱりなんか、学校はすぐ入って、良くないもんだなんだなんだこれは二度と起こしちゃいけない悲劇なんだだからね戦争は良くないんですよって2ページで終わる戦争もあれば、10ページぐらいで何言ってるかよく分かんないようなものもあったりして、教え、学ぶ、なんか、学んでいこうって気力を遮断されたような感じがあったんですよね。
さ:はい。
和:そういったなかでいけないものだっていう位置づけでバコーンって離れちゃったんですよね。そうなったときに僕はそうやって作品としてもう一回戦争に触ったりとかしていたのを、見ていてやっぱりこれは学んでいかなければいけないことだし、忘れちゃいけないことだろうなと思っていて。傷痕だけが残ったって言いますけどそういうのを見て、やっぱりなんか、喋っていくことが自分たちの代の役割なのかなって。
さ:あぁ…
和:聞いた話で良いから。何だって良いから。
さ:はい。
和:役割なのかな、知っていることは全部出していかないといけないだろうなって、最近特に思うようになりましたね。
さ:本当にそういう役をね、お若いのに結構やってますよね。
和:そうですね、んー。
さ:学校の教科書じゃなく知ることってあったと思うんですね、私も10代の頃からそういう役をやって
和:そっか
さ:あぁこういうものなんだって役をやることで知ることってありましたね
和:僕もありましたね、それはやっぱりだから、それこそ若くして特攻に行くってことの感情とかがやっぱりわからないんですよね。意味が分からないし、何なんだろうみたいなことを滔々と監督を含めご遺族の方たちから聞いているとだんだんと自分の中に入ってくる、若い時代でしたけどそれがすごく印象的に残っているんですよね。
さ:そして、今回はゴーストになって母親のもとに現れるというかわいい医学生なんですけどね。この次は、年末にTBSのテレビで「赤めだか」か。
和:はい。
さ:噺家。これもまた珍しいですよね。
和:これもまた珍しいんですよ。僕は人の人生をお借りすることって多いんですけど、あの、大体亡くなっている人だったりとか結構多いんですね。今回生きているんですよ。
さ:あぁー、お書きになった方がね。
和:そうなんですよ。僕がやらしてもらったのは談春師匠なんですけど、談春さんがまだ生きているんですよ。
さ:はい、はい。
和:死んでくれていたら楽なことはないです。
さ:はっはっは、それは
和:そしたら、こっちも自分の、なんていうのかな見られないじゃないですか。やりたいように、デーンとかやれちゃうんですけど。現場でいつもこうやって
さ:見てらっしゃる?
和:そうなんですよ。来れる時はちゃんと来て、そんな感じなんだ俺ぇみたいな、すごいこう楽しく楽しく現場に居てくれたのでなんかもうずっとキリキリしているような。居ないでほしいなぁ~みたいな。
さ:そうですかー。
和:落語をやったときは必ず居て
さ:あ、指導とか?
和:居ていただいて。一回師匠に見ていただいて、でも手直しとかしないんですよ。しないんですね、「それでやります?」とか言うから、「だ、だ、だ、大丈夫ですか?」「いやそんなの二宮さんのやりたいようにやってください、でも一回見せてください」って言うんです。それがやっぱりこう監督さんとは違うところと言いますか、自分のなかで飛躍的にうまくなりたいんですけど、「言うことなんかないですよね」って笑いながら。客席で見てたりするんですw
さ:あぁ~ほんとに…大変だったんですね。
和:ははははははっ。
さ:たけしさんが共演なさるんですよね。談志さんにね。
和:そうです。
さ:それもワクワクと楽しみにしております。
和:ありがとうございます。
さ:二宮さんの活動は映画にドラマに、そして嵐のメンバーとして、と本当に幅広く目覚ましいものがあります。二宮和也さんのすべてに興味津々なのですが…小さい頃から音楽って好きだったんですか?
和:そうでしたね、僕は小さい頃からゲームをやってまして、で、すごく…感動した作品があってゲームの音楽が綺麗な音楽ばっかり入っているゲームがありまして。それで、ゲームの音楽作りたいなって思ってからは、歌が入っているのよりかはインストだったりとか音楽だけのやつを聴く機会が増えましたね。
さ:ご自分で作曲とかされるようになったのは嵐になってから?ジャニーズJr.時代?
和:嵐になりたてくらいですね。16くらいのときから始めてますね。
さ:ダンスは?
和:ダンスは13。13です…ふふふふっ
さ:やっぱりね、小さい頃から音楽・ダンス興味を持ったから今も素敵に踊って歌われるって…またあの年末ね、いやぁ楽しみですよ。
和:あ、是非是非、本当にもう…お願いします。
さ:ゲームの話がちょっと出ましたけれども。
和:ほい。
さ:ゲーマーって言うんですか?
和:ゲームやる人、はい。
さ:ゲーマーですよね?
和:そうですね、ゲーマーです。
さ:どういうゲームが好きなんですか。
和:僕は結構オンラインのゲームとか、携帯の端末ゲームもやりますし、そうでないのも色々とやってますね。
さ:そして、手品。
和:そうなんですよ。
さ:ねぇ~手品もずっと撮影3か月もやってて見せていただけなくって、で最後に打ち上げの日にあの食堂でね
和:そうなんですよ。
さ:トランプ
和:マジックをね、やりましたね手品ね。
さ:本で勉強したって。
和:そうなんですよ。だ、それはねすごく難しくて…なんかこう自分がやる側のことが書いてあるんですけど例えばラジオとかやってるときに録音することをRECとかカフ上げてとかこう色んな専門用語あるじゃないですか、マジックにも専門用語あって、その専門用語調べるところから始めたんで。何言ってんだろこれ、みたいなデッスの下にあるもの上に持ってくるときに、みたいななんとかかんとかとか書いてあるんですけど、デックって何だ?みたいな。そういうところから始めてたので。すごく何か大変だったんですけど、本当100回に1回位自分がやってるのに騙されるときとかあるんですよ。
さ:えぇー!
和:はぇえ?!みたいな。それが楽しくてやってましたね。
さ:今でもお家でも新しいものに挑戦とかなさるんですか?
和:そうですねしてる、新しいのと、あとなんかどこで披露するわけでもないんですけど、何かこうやらないと落ちていくみたいなことを聞いたことがあるので本当に家で1人でテレビ鏡みたいにして、テレビに映ってる自分見ながら、うぁばれて…ないなっていうのを
さ:あ、そうですよね映りますよね
和:お客さん目線みたいな感じでぇw映しながらやってますね。
さ:いやぁもう見事でしたよ。
和:ありがとうございます。
さ:それとね、1つずっと心残りになっていたことがあって。
和:うん。
さ:和也さんの最後のシーンがあの
和:はいはい。
さ:前の日に終わっちゃったんですよね。で、やっぱり息子がラストシーンを撮るまではいなきゃいけなかったんですけど、何となく帰らなきゃいけないムード、他の俳優さんたちがね。
和:そうですね。
さ:帰らなきゃいけないような感じになってて。で、帰ったんですよ、でもやっぱりあれは間違いだったな、今でも思ってて…
和:ハハハハッ
さ:なんか寂しい、ね、いくら亡霊だからってね最後まで1人じゃ可哀そうすぎる、
和:はっはっはっはっは!
さ:結局ね、思いました
和:いやでも最後あの本当にあの1カット、乗り込むっている1カットだけだったんですけど、割とこう天気がちょっとぐずったのでみんなで何回かテストしながらのんびーり天気待ったりしながら。それこそ最後じゃないんじゃないかなっていうくらい本当に良い空気感のまま終えられたので嬉しかったですね監督から最後、花束を頂いて。それでなんか「気を付けて帰んなさい」って言われて。「はいっ」って。それでそのまま帰った。ふふふふふっ。
さ:でもあの今回ね、ご一緒して本当に楽しかったし、これから息子がね、どうやってまた仕事してらっしゃるかとかまた会いたいなとか思っているんですけど。今日はね、またお会いできて嬉しかったですよ。
和:いやぁほんとに、もし、次、一緒に作品やれたら…本当にもう生きていたいなと思ってます。
さ:えぇ?!
和:亡霊…
さ:亡霊じゃなくてね。
和:亡霊じゃなくて、
さ:是非今度は生きた役で、山田監督にお願いしましょうね。
和:そうですね、ほんとやっぱこう、腕組んだりとか
さ:うん。
和:ね、叩き合ったりとか
さ:はい。殴りあったりとか
和:うん、ふざけ、
さ:ふざけあったりね、
和:いやぁ~つって、叩く、触れるっていうのは本当に幸せなことって映画で学びましたし。そういった形で次またやりたいなって。それまで頑張ろうと思いましたね。
さ:あぁーありがとうございます。
和:うぇ、いやほんとに。
さ:本当に今日はねお時間をいただきまして
和:いや、とんでもないです。
さ:ありがとうございました。
和:ありがとうございました。
さ:お元気で頑張ってください。
和:ありがとうございます。
さ:今日は12月12日公開映画母と暮せばで私の息子の役を演じてくださった二宮和也さんにおいでいただきました。それでは今日のお別れにこの音楽をご一緒に聴きましょう。二宮和也さんの作詞作曲です、メリークリスマス。
総じて優しすぎる空気が電波を通して溢れ出ていた30分間。
良い映画撮影を終えた素敵な人間関係が会話の節々から伝わった。親子より恋人っぽい雰囲気が分かる気がする。というか、吉永さんがそうさせてると思った。
吉永さん、偉大すぎる人なんだと思う。何がとかではなく、立ち振る舞い全てにおいて。大御所を感じさせずにニノが話しやすい環境に自然としてくれていて。お互い想っているのが伝わってくる。吉永さん素敵すぎる。そんな言葉で片づけちゃいけないんだけど、すごい人。すごすぎる。
(語彙力欠如)
リアルタイムでは、ニノちゃんの超ホームなぐだぐだトーク@ベイスト→襟を正したよそ行きの声とお喋りがギャップありすぎて最初こそちょっと面白かったヘ(゚∀゚*)ノ
雑誌の対談より、声色とかトーン、リズムが聞けるのがとても良かった。
言葉選んでるのすっごい感じた。
やっぱり――こう――あの― 頭フル回転。
でも、それで出てきた言葉たちって思うと、この映画に本気で取り組んだんだな、素敵な作品に出会えたのだなぁとファンとしてぎゅんぎゅんしまくります。
話している内容も、ベイストで聴くのと180度違う印象で残る魅力的なものばかりでした。笑
改めて、ベイストの息抜き具合を身に染みて感じた。
やっぱりあれ、てきとーだ。