5年という時間が、おいらの人生を大きく変えていた。

「大野くん!かなちゃんがむずがってる!」
「はい!今行きます!」
職員室にいたおいらは、
呼ばれて、急いでかなちゃんのいる部屋に向かった。

ここは、東京。
おいらは、高校卒業後、親父の漁を手伝うことを断念し、上京して働きながら専門学校を出て、養護施設に就職していた。

「おーちゃぁん、おーちゃぁん!」
わああああん、と泣いているかなちゃんに駆け寄った。
「なんだー?どうした?怖い夢でも見たんか?」
がしっと抱きついてきたかなちゃんは3歳。
おいらが働くこの施設には、18歳未満の親のない子どもたちが暮らしていて、おいらたち職員が一緒に生活している。
「ママは?ママがいないの、どこにも。」
かなちゃんは、最近ここに来たばかり。
母親がまだ10代だったこともあり、育児に限界を感じて、この施設にかなちゃんを預けた。
ここには、似たような境遇の子どもたちが、毎日寄り添い助け合って生きている。
「大丈夫、おいらがここいるから。よしよし、いい子だな。」
抱きしめると、かなちゃんはしゃくり上げながらも頑張って涙を止める。
「おーちゃん、おーちゃん。」
繰り返し呼ばれる名前。
おいらは、よしよし、と声をかけ続けた。

何故、自分がこの仕事をしたいと思ったのか。

それは全て、ニノのため、だった。

ニノを失った5年前。
あの、おばあさんと話したあとのおいらは、本当に抜け殻のようになっていた。
ニノの父ちゃん母ちゃんの取り乱しようもすごかった。
なのに、何もできない。

ずっとるみはそんなおいらの側にいた。
智くん、智くん、泣かないで、と。
でも、そんな俺とるみの関係は、その後までは続かなかった。

おいらの、ニノへの執着のせいだったんだろう。
いつの間にか、るみはおいらから距離をとり始めた。
そして、高校を卒業する頃には、松潤と付き合うようになっていたるみ。
相葉ちゃんや翔ちゃんも、おいらとるみのことには一切触れなかった。
るみが幸せになれるなら、それがもちろん一番だから。
松潤の静かな優しさに触れて、るみの心も少しずつ変化したんだろう。
それで、よかった、と言えば、るみに悪いかもしれない。
だけど、おいらの中にニノがいる以上、るみにそれをすり替えるなんてできないし、ましてや応えることなんて、できっこなかったんだから。

「ぐす、ぐすっ。」
やっと落ち着いてきたかなちゃんを抱っこして、窓の向こう、広がる青空を見つめた。
こんな天気のいい日は、島の海が恋しくなった。
だけど、あの島は、あの海は、ニノとの思い出だらけで、辛いことも楽しかったことも、ごちゃごちゃになってて、まだ、自分の中で整理できなかった。
5年という時間。
おいらがここにいる理由。

もしかしたら、ニノが来るかもしれない……。

そんな、バカげた期待。
わかんないけど、ここにいれば、またいつか会えるんじゃないか、そう思っていた。
生まれ変わって、でも親のわからない、迷い子のように、ふらりとニノが現れるんじゃないか……。
なんでそんなこと考えたのかわからなかった。
それは、何となくの、カン、でしかなかったんだけど。
いつかまた、会える。
そう信じてる。

そんな思いでここにたどり着いて、専門学生の頃にバイト生になって、卒業後就職に至った、3年目の暑い夏の日。

かなちゃんを抱っこして、うとうとしだしたのにホッとして、部屋の外、廊下でゆりかごのように歩きながらいた時だった。

「すみません、どなたかいらっしゃいませんか。」
玄関の方から声がした。
あいにく、職員室に人は不在だったのを思い出して、ゆっくりと玄関に向かった。
「はい、どうされましたか?」
玄関に着いて、声のトーンを低くして、しーっと相手にも促した。
玄関に立っていたのは警察官だった。
珍しくない。
ここには、親のこと、身元のわからない子どもたちがたくさん来る。
警察に保護されて連れて来られるのも日常茶飯事だ。

「すみません。身元のわからない青年なんですが、よろしいですか?」
人差し指を口に当てた警官が、そう言って後ろに立つ、おいらと同じくらいの背格好の男の子を前に差し出した。

その姿に、おいらは本当に自分の目を疑った────。