大丈夫かな…。
僕は、こんなに泣いちゃって、もう一生分泣いたんじゃないかってくらい、泣いて。
そんな僕の涙を、懸命に掬おうとしてる翔ちゃんの人差し指が、愛おしくて、愛おしくて。
夢みたいな、夢じゃない。
僕は、翔ちゃんの、大事な人なの…?

「勝手に、決めないでよ…。」
翔ちゃんが、僕の背中に腕を回して言った。
翔ちゃんのテで僕の背中が温かくなって、羽根が生えたみたいにふわりと感じた。
「でも、翔ちゃん、あの、彼女は?」
「……話し、途中になってるけど、別れようと思ってる。」
「それって、僕のせいだよね。僕が翔ちゃんに言わなきゃ。」
言いかけた唇を、翔ちゃんのそれが止めた。
翔ちゃんの、柔らかい唇が温かくて、僕はそっと目を閉じた。
しばらくそうしていて、僕はゆっくり顔を離して、翔ちゃんの顔を見つめた。
「雅紀が、教えてくれたんだよ。本当に、人を好きになるっていうことを。」
翔ちゃんの顔が、穏やかで優しくて、黒い瞳がキラキラして見えた。
まだ、顔色はよくないけど、その、光る目にはいつもの翔ちゃんが宿っていた。

「あ、ごごごめんねっ!僕っ!」
その時、翔ちゃんに覆い被さってたことに気づいて、僕は慌てて翔ちゃんから体を離した。

翔ちゃんは、ゆっくりとした動作で半身を起こすと、
「いいよ……おいで?雅紀。」
そう言って、両手を広げた。
今離れたばかりなのに、手には点滴の針が入ってるのに、なんて慌ててたら、翔ちゃんがくすっと笑った。

「今度は、ちゃんと抱きしめたい。」

点滴の入っていなかった手で、僕の腕を掴んで、片腕だったけど、きゅっと抱きしめてくれた。
僕はまた、ぶわっと涙が溢れて、翔ちゃんの肩にたくさんの涙が落ちた。
「俺のことも、抱きしめてくれる?雅紀。」
「……ん、うん、うん、しょうちゃん。」
何回も頷いて、僕は翔ちゃんの広い背中に腕を回した。

「心臓のおと、きこえるね。」
僕が言ったら、
「もう、聞けなくなるかと思った。雅紀のあの顔を見た時、俺の一番大切なものが、もし消えてしまったら、それが雅紀だったら、どうやって取り戻せばいいのか、本当の天使にならなくてよかった。こうして、ここにいてくれる、それだけで、雅紀は俺の天使だから。」
瞬間、翔ちゃんの腕に力が込められた。
「うしなわなくて、ほんと、よかっ…。」
翔ちゃんが、涙声でそう言った。
普段決して涙を見せない翔ちゃん。
僕が泣いてたら、黙って手を握ってくれる翔ちゃん。
その、翔ちゃんが、泣いてる。
僕がいてくれて、よかった、って……。

「ぼく、の、天使は、翔、ちゃん、だよ。」
また泣き出しちゃった僕の背中を、翔ちゃんがぽんぽんってしてくれた。
「だがら、ぞばに、いで。ず、と、そば、いて…!」
言葉にならない言葉で、必死にそう伝えた僕に、翔ちゃんの肩が震えた。
翔ちゃんが、笑った。
すると、ぱたんって、僕を抱きしめてくれていた腕が落ちた。

「しょーちゃんっっ!!」
慌てて力の抜けた翔ちゃんの体を支えた。
「ごめ、ちょっときつい…。も少し、ねか、せて…。」
僕の肩に頭をちょこんと寄せて、翔ちゃんはすぐに寝息をたてはじめた。
可愛い翔ちゃんの姿に、僕は抱きしめて、ぎゅっと抱きしめて、そうして、看護師さんが来てくれるまで、翔ちゃんは僕の胸の中で、優しく眠っているんだった……。