教えられた総合病院は、大きくて広い。
車を停めて入り口の自動ドアから駆け込んだ。
受け付けに人がいる。
黒いスーツを着て受け付けの女性と話していた。

「マネージャー!!」
俺は後ろから声をかけた。
いたのは、なんと俺のマネージャー。
「櫻井さん!よかった。私もいま到着したところです。」
「雅紀は!?」
駆け寄ると俺はすぐにそう聞いた。
暗い待合のフロア。
広い空間に、俺の小さな叫び声が響いた。
「いま、処置中だそうです。過労と診断されたみたいですね。向いましょう。」
受け付けの人に場所を聞いて、たくさんある診察室の1つに向かった。
「どなたかから、聞かれたんですか?」
向かいながら、マネージャーが聞いてくるけど、そんなことに構ってられなかった。
過労!?
本当にそれだけか?
雅紀は体が弱いんだ。
何かあったら、どうすればいい…!?

「失礼致します。」
診察室10番。閉められたドアをノックしたマネージャーと、ちょうど雅紀のマネージャーが出て来るところではち合わせた。
「雅紀は!?」
マネージャーの肩を掴んで、俺は身を乗り出した。
「ベッドで点滴中です。疲れがたまってたんです。今日も収録中何度かふらついてたんで、心配してたんですが…。」
「この奥!?」
マネージャーの言葉半分で、俺は口を挟んだ。
マネージャーが頷くのと、俺が奥に入って行くのは同時だった。

カーテンがひかれた中に、オレンジ色のライトが点いていた。
「まさきっ。」
カーテンをひいて、俺は中に入った。
真っ青な顔をして、雅紀の意識はない。
「まさき、まさきっっ。」
「落ち着いてください、患者さんに悪いですよ。」
点滴の落ちる速度を見ていた看護師に呼び止められた。
「雅紀は、どうなんですかっ?」
点滴の管と、雅紀の腕に刺さる針とを確認した看護師が、
「先生は、過労だと言っています。持病のほうは心配ありませんよ。ゆっくり休んで、点滴を2日ほど行いますので、今日から入院していただきます。」
「入院って……。」
そう言って、俺はベッドの横に立ち尽くした。
点滴の針の刺さる細い腕が、痛々しい。
置いてあるパイプ椅子にすとんと座り、その細い腕から伸びる手に、自分の手をそっと重ねた。
冷たい、手。
気づくと、雅紀の顔がゆらゆら揺らいで見えていた。
はたはたと、自分の両目から、涙が溢れていた。

「ごめ…まさき、ごめんな、ごめんな…っ!」
呟いて、俯く。
雅紀の手を、ぎゅっと握った。
雅紀は目を覚まさない。
どうしよう。
このまま、目が覚めなかったら。

「失礼致します。櫻井さん、大丈夫ですよ。眠っているようです。確かに、寝る間も割いての仕事続きでしたので、私たちも心配だったのですが……。」
いつの間にか、マネージャーが中に入ってきていて、俺の隣に立った。
「だけど……雅紀のことだから、できる、って言ったんだろ?今日、だって…。」
その先は、さすがに言えなかった。
こんな時に、俺は何をやってたんだ。
激しい後悔の念と、彼女への懺悔。
こんな仕打ち、ないよな。
「雅紀と…2人にしてくれる?」
俺はマネージャーにそう言った。
「かしこまりました。入院の手続きや着替えなど準備してまいります。櫻井さん、今日の仕事は?」
「俺は今日、オフだったから。付き添いたいけどいい?」
「はい。よろしくお願い致します。」
頭を下げて、マネージャーがカーテンの外に出て行った。
両手で、冷たくなった雅紀の手を握ったまま
、俺は新たな涙を流していた。