
私は、このお風呂屋さんの裏の家で、育ちました。
家の前が、釜場でした。
廃材を集めてきて、それで湯を沸かしていました。
まきを、割る音をいつも聞いていました。
お風呂屋さんの夜は遅いです。
子どもの頃 特に夏などは、
今みたいにエアコンが当たり前な時代と違って、
暑さしのぎに、お湯屋さんのおじさんが近所の人と縁台に座って
話す声を 聞きながら眠ったことを思い出しました。

梅の湯に行ったことのある人なら、
見覚えがあるでしょ!
声が響くのがおもしろくて、「ほー」とかわけもない声を出して遊んだわ。
当時、女の人は髪を洗う時は、余計にお金を払い少し大きな桶を渡された記憶があります。
お湯を、多く使うからだったんですね。
天井から時々、冷たいしずくも落ちてきました。

脱衣籠と天井の感じをなつかしく思い出します。
汗もよけに、つける白い粉を すっと 最後に鼻筋につけてもらって喜んでいました。ずっと小さい時の事・・・・。
私が、小学校になるころ、我が家に内湯ができたので、
目の前にお湯屋さんがあるけど、行かなくなりました。
この梅の湯が
今月で店を閉めるそうです。
煙を吐き続けた煙突も老朽化・・・・
地震の事もあるし、かといって直してお湯やを続けていけるような時代ではないし・・・。
70歳になったおじさん・・「もう止め時かなぁ」って一言寂しそうでもありました。
小さい私には、お湯屋さんの煙突は とっても高く大きく感じてました。スカイツリー?それはちょっとオーバーだけど・・・。
でも高かった・・・。

お約束の富士山です。
役目を終えて消えていく蔵前があります。
子どものころの思い出の場所がなくなるのは何ともさみしいです
でも 今 イースト東京と言われて 「ミラー」ができたり
物つくりをする若者たちが御徒町、蔵前を新しく活気つけてくれています。
時代は流れているのですね。
私も、年を重ねたもんです。
私の事を 「おおきいおねえちゃん」
私の妹の事を 「小さいおねえちゃん」
と、呼んでいたお風呂屋のやっちゃんも今では
すっかり立派な、お父さん!!
やっちゃん!!かわいかったよ!!